★中禅寺夫妻
静かな静かな、けれどいつもの、春の夜。
「千鶴子」
「はい?」
ぴたぴたと、顔に化粧水をつける手をとめずに、千鶴子は返事をした。
「もう眠るかい?」
「いいえ」
鏡越しに見える夫に、千鶴子はにっこりと笑って見せた。
中禅寺はうつ伏せのまま肘をついて千鶴子を見ていたが、やがて読んでいた本を閉じると、おいでおいでと掌で招いた。その表情は相変わらずの仏頂面だが、見るものが見れば目の端が柔らかなのがわかる。
「たしかお昼、関口さんに、今日中にその本を読み終えなきゃならないなんて仰っていませんでしたか?」
千鶴子はからかうように笑いを含んだ声で言いながら、立ち上がって夫が寝転ぶ布団の脇についた。
中禅寺は少しだけ気まずそうに唇を尖らせる。
「とっくに読み終えたさ。今読んでいたのは、まぁ確認だ」
素直でない夫が、何だか可愛かった。
ふわりと弧を描いた千鶴子の唇は、紅を落としても未だ赤く、中禅寺は見慣れているはずのそれに目を奪われた。
それを自覚して、漸く観念する。
「・・・今は、君がいい」
「本より?」
「ああ」
照れているのだろう、常態の不機嫌な顔は、今は不貞腐れて見える。千鶴子は身体を折って、その薄い唇に口付けた。
今夜は千鶴子にとっての「最大のライバル」に意趣返しができたらしい。それが少しだけ誇らしくて、嬉しかった。
夫から顔を離し、囁くように告げた。
「お布団入れてくださいな」
もちろん、彼女の夫が、そのおねだりに逆らえるわけがない。
*
夫婦の日常を書きたかったんだと思います。
いつ書いたのか覚えていないのですが、ものっそい久々に読み返したら、
何と自分で萌えました。
あはは自給自足。
うちの秋彦さんは千鶴子さんに勝てません。
うちの千鶴子さんは時折左側風味。
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