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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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※まさかの益敦連載の続き(1話はこれ
※益←敦です
※敦ちゃんキャラ崩壊




 敦子は酒が得意ではなかった。

「あ、敦子さぁん? あー、これ・・・まずいな」
 鳥口の声がすぐ横でした。肩を掴む手は大きくて温かい。なんだか懐かしい感触だと、敦子は思う。
「へぇき、ですから」
 例え鳥口にそうは見えないとしても、酔っぱらいなりの理屈があって、少しだけ寝かせて欲しかった。居酒屋のべたついたカウンターの寝心地は最悪だが、アルコールに濁りきった頭は今にも身体運動の一部の電源を落とそうとしている。酔っぱらった理性が言うに、「これは無理だ」。今寝たら鳥口に多大な迷惑がかかるだろう。しかし、今きっと起きても、道ばたで転んだり、最悪の場合は路上で寝始める。それはそれでよろしくない。
「かえるとき、おこして」
 きちんと言えたかどうかはもう敦子にはわからなかったが、最後の気力で鳥口に断る。えええ、と情けなさそうな声がしたが、敦子は何も思考しないまま、意識を飛ばした。

「ぶわぁっか者がこの鳥頭ぁ!」

 驚いた寅吉は、洗っていた高価なティーカップを滑り落としそうになって慌てて両手で抱えた。
 耳を澄ませる必要もなく耳に入ってくるのは己が主人の罵声だった。振り返っても台所からリビングは見えないのだが、つい振り返ってしまう。
 罵声の先は雑誌記者の鳥口だ。ついさっき電話が鳴り、洗い物中の寅吉は仕方なく居間にいる主人、榎木津に出てもらうよう頼んだ。やあ鳥ちゃんじゃないか、と朗らかに電話に出ていたのだが。
 寅吉は訳が分からず、とりあえず洗い物を中断して割烹着で手を拭きつつ居間に出てきた。
「ああっ? ・・・ふざっけるなこの犬の風上にも置けない寄り目犬男め! 身の程知らずも大概にしろ! ・・・だからっ、あの車は借り物であってここにはない! まずは京極の奴に・・・僕が知るものか呪われろ!」
 榎木津の凄い形相で電話口にがなり立てているのだが、口数の割に内容はさっぱりわからない。第一、夜十時を過ぎた時間に鳥口から電話がかかってくるというのが珍しい。
 緊急事態だろうかと心配になってきた時、からんからんと事務所の扉が開いた。
「ただいま戻りましたよ~はぁ、あっつ~」
 間の抜けた声で帰省を告げたのは、同僚の益田だった。暑そうにハンカチで襟周りを拭いている。相変わらずタイミングが悪い男だと寅吉は少しだけ同情した。益田もすぐに事務所内の異変に気付いたようで、顔芸かと思うほど顔面が哀れっぽく崩れた。
 相変わらず罵声を続ける榎木津の視線が、益田を突き刺す。
「もういい。君はそこで待機! 今からうちの愚かな助手を向かわせるから、後はお前らで何とかしろ! いいか? 敦ちゃんに何かあってみろ? ・・・」
 寅吉の耳に、榎木津が最後何と言って電話を切ったのか上手く聞きとれなかったのだが、不穏な脅し文句が続いたのは間違いないだろう。
 玄関前で動けずにいた益田は、シャツのボタンを一つ開けて襟で仰ぎながら、ああと巨大なため息をついた。

 ***

 益田は警察官時代、よく女性や子供を聴取するのに重宝されていた。
 女子供の扱いに特に秀でていたわけではないと、益田は思う。周りがいわゆる弱者に対しての扱いが下手過ぎて、平均値並の自分がかり出されていただけだと思っている。
 実際には、柔和な性格だとか警戒心を殺ぐ太鼓持ちの言動が、毛羽だった精神を落ち着けるのに役立っていたのだが、本人はさほど自信を持ってはいない。
 女心など、己が理解できるものか。
 ふざけて自信過剰な言動をとったりするが、実際には益田にその手のことの自信など毛ほどもない。女を知らない訳ではないが、ろくに交際をしたこともない。女心がわからないからもてないのか、もてないから女心がわからないのか。そのどちらも正解だろう。

 —―いや。

 女心を目の当たりにして初めて、自分がそれを少しも理解できないことを知った。絶対にわかりっこないとうなだれた。わかりそうにない自分に、嫌気がした。
 どんな風に体を重ねてもわからなかった心があって、益田はそれからもうずっと、女心の解読を諦めている。
 目の前で見事に酔い潰れてしまったらしい女性記者にしても、それは同じだった。
 
 
 
 どうしちゃったのかな。
 
 らしくないことしか、益田にはわからない。
「あーらららー、鳥口君これ・・・ばれたら呪われますな」
「それ洒落にならないっすよ」 
 酔い潰れた敦子を保護して欲しいという鳥口からの要請を受けて益田が向かったのは、探偵事務所からさほど遠くはない神田界隈の居酒屋だった。割に新しい店だから調度が清潔で、女将の作る料理が旨いから繁盛している。益田が詳しいのは、ここにかつて来たことがあったからだ。敦子を連れて。
「鳥口君、ここよく来るの?」
「いや、ここを教えてくれたのは敦子さん」
「あ、そう」
 この緊急事態をどう収拾しようか考えながら気になったことを尋ねてみれば、照れくさいような回答が返ってきてしまった。かつて敦子を連れて来た時に、気に入ってくれたのだろうか。
 とっくの昔の気まぐれな誘いを、敦子が思い出として記憶していてくれたのだとしたら、と思うと、照れくさく嬉しい。
「お勘定は?」
「払ったよ」
 店の女将はカウンターをさばくのに忙しいらしく、男二人が年若い女性を囲んでからは時折心配そうに目線をこちらにくれていたが、不穏な空気でないことを察したのか取りあえずは放っておくつもりらしい。
 カウンターから少し離れた小さなテーブル席には、ビール瓶と徳利が数本行儀よく並んでいる。
「敦子さん、結構飲んだねぇ」
「うーん、俺が引っ張っちゃったのかなぁ」
 鳥口は益田が現れてからずっと眉を八の字にしていて反省しきりの様子だった。確かに蟒蛇の鳥口と飲んでいると、自分の酒量が計れなくなるのは覚えがあった。しかし、記憶を辿れば敦子は酒を飲んでいても割に真面目で、自分の酒の限界値を理解した飲み方をしていたはずだが。その辺りをそれとなく鳥口に告げると、鳥口は首を傾げながら、いつもと違う感じはしてた、と曖昧なことを言った。
「いつもと違う?」
「うん・・・まあ、とりあえず出ようか」
 鳥口は八の字眉を定着させたまま、テーブルに突っ伏したまま身じろぎしない敦子の肩を揺らした。 

 がくんと大きく揺れて、敦子は目を開けた。
 二本の足が地に着かずぶらぶら揺れている。自分が温かいものにくっついている状況を見て、どうやら負ぶわれているらしいと気付いた。街灯の薄暗がりでしかわからないが、目の前に太い首と白いシャツの襟がある。鳥口だろう。
 迷惑をかけているという罪悪感よりもまだアルコールの威力の方が強く、敦子は一度開いた目をもう一度つぶってしまった。頭蓋骨と内蔵がアルコール漬けになってどろどろになっている気がする。とても目を開いていられない。
 体がずり落ちるのを、またがくんと揺らされて元の位置に戻る。すると敦子の意識も上る。
 ふと、益田の夢を見ていたことを思い出した。
 ストーリーなどは覚えていない。ただ、益田とは一月以上も顔を合わせていなかったから、夢と言っても嬉しかった。軽快で哀れっぽい、結局優しい声で、敦子の名前を呼んでいた。
「あ」
 思い出したと同時に声に出していた。
 そうだった。今夜の経緯を思い出した。
 鳥口を飲みに誘ったのは、敦子だった。雑誌の来月号がやっと校了して、鳥口に一部記事を担当してもらったことから、報告しがてら誘ったのだ。校了したら絶対に鳥口を飲みに誘おうと敦子は随分前から決めていた。誰かに告げて少しでも負荷を減らさないと暴発する、そういった物騒な確信があった。
 体の内側から肥大した感情が敦子を苦しめ初めてどのくらいになるのか。一瞬の後の一瞬には既に想いが強くなるその勢いに、敦子は怯えた。
 我慢をして仕事に没頭して、それでも食事や睡眠、入浴など仕事をしていない時間にまた感情の比重が大きくなって、精神をすり減らさないようにというコントロールが上手くできなくなる。
 仕事以外の時間がまるですべて、益田を想うためにあった。
 そんな感情を、その感情の主である自分を、気色悪いと思った。わけがわからないものに対する本能的な嫌悪だ。それでも、そのわけのわからないものが放射する熱は時に温かく心地よく思えることがあって、似合わないと思いながらも少女っぽい恋愛を堪能する。
 記憶を収納する容器のような物が頭の中にあるのだとしたら、許容量を越えて詰め込んでは絶えず出し入れを繰り返すから、そろそろ壊れてしまうのではないだろうか。そう思うほど、敦子さんと名前を呼ぶ声や、軽率そうな笑顔から、滲み出たような笑顔まで、益田に纏わることならすべて考えた。気でも狂ったみたいに、益田に関するすべてに飢えていた。街中の至る所で益田の声を聞いて、益田を見て、それが本人であったことなど一度もない。
 気味が悪いくらいの執着を恋愛と呼ぶのなら、自分は冷めた振りをして結局恋愛に夢を抱いていたのだろう。何もわかっていなかったことを理解した敦子は、それでも人より強い理性を働かせて鳥口を呼び出したところまでは、上手く行った。 

「敦子さん起きました?」

 前の方から鳥口の声がした。いろいろなことを言いたいし言わねばなるまいとわかってはいるが、どろどろになった思考では言語に変換できない。
 酒の勢いを借りてさえも上手く口に出せなかったから、非常に不味い事態になってしまったけれど、それでも最優先事項をまずは。
「鳥口さん」
 この機会を逃せば、敦子にはまた、狂ったように益田を想う日々が待っている。仕事が一段落ついたからこそ、余計に悪くなるかもしれない。
「何です」
「今日、ほんとは相談、したいことが、あって」
 抱えきれなくなりつつある感情の負荷を、鳥口の器を借りて減らす。悩み事は口に出した方がいい、というのは先人達の信じるに足る知恵である。
「え、聞いちゃっていいんですか」
 背中を通じて聞いた声は酷く懐かしくて、敦子は甘えて肩に乗せていた腕を首に巻き付けた。懐かしいと思うのは、兄に負ぶわれた遠い記憶だ。腹に響く声はいつもと少し違っていた。
 腕に反応するように、またがくんと体を揺らされた。
「さっき、言えなかった、から」
 言いづらかった。敦子だとて恋愛をしたことがないわけではない。けれど、本を読めば大体の恋愛のサンプルがあったし、今までは人に相談をしなくても考えればわかるようなものだった。
 宛もなく果てもなくただ想い続ける、世間が片思いと呼んだりする、そういったものをすることに、敦子は心底戸惑っている。
「鳥口さん、私・・・」
「何です?」
 前の方から返答がある。聞いてくれている。
「益田さんが、好きなんです」
「え?」
 ぐんと揺れたのは、鳥口が足を止めたせいらしかった。
 
 ああ、言ってしまった。
 口にした言葉が呪文のように体を浸していくのを、敦子はぼんやりと感じていた。空の器の底から水が湧いてきて、やがて満たして、ぼんやりしていた敦子の体から溢れるのに時間はかからなかった。
 言いたかったのだ。言いたいのだ。
 今ここにいるのは鳥口だけれど、本当は、益田に言いたい。益田への感情を、恋をしているのだと、気色悪いくらいに強く強く想ってしまってどうしようもないことを告白したい。見えていなかった欲求が目前にした時、じんと鼻の頭が痛くなった理由は敦子にはわからない。
 鼻が痛いな、と思いながら、敦子の口はずるずると気持ちを紡いだ。
「ずっと頭から、離れないんです。ずーっと。
 狂ってしまったみたいに、ずっと益田さんのことばっかり、考えてるんです。気持ち悪いくらい。
 ご飯はうまく食べられないし、寝ても夢に見たり、起きればまた思い出すから。
 だって、素敵な人、でしょう? よく見たら、かっこいいんですよ。切れ長の目が、かっこいいんです。前髪、切ったらいいのに。あと、手とか、綺麗です。指が長くて、爪の形とか綺麗で。痩せてますけど、スタイルいいでしょう?足長いですし。
 あと、すごく優しいんです。こんな、男みたいな女にも、紳士的なんです。雨宿りしたら、ハンカチで頭拭いてくれて。会うと、いつも嬉しそうにしてくれるんですよ。
 ああ、あと最近、ちょっと榎木津さんに似ていませんか。わかりづらいところとか、優しくて面倒見がいいところとかも。
 あと、少し似ている気がして、私に。自信がなさそうなところ。もったいないですよね、素敵な人なのに。ねえ、そう思いませんか? だって、私こんなに好きになったんだから、自信持ったらいいのに。
 誰か、いるんでしょうか。
 いえ、知りたくは、ないんです。
 知りたいですけど。
 何にも、あの人のこと知らないくせに、何で好きなんでしょう。
 会いたいなんて、会ってどうしたらいいか、考えると怖いのに。上手く、話せるでしょうか。何を話したらいいんでしょうか。
 鳥口さん、私、
 前もこうやって、どうしたらいいのかわからなくなって。
 あの時は、間に合ったんです。
 どうしょう。私。
 もっと前に、止めないといけなかったんです。
 止められなかったんですよ。
 仕事詰め込んでみたりしたんですけど、結局、こんなに。
 ああ。もう、間に合わない」
 
 益田さんは私のことを好きじゃないのに、と続けた敦子の声は、堪えているらしい涙に濡れて、酷く聞きづらかった。
 鳥口は、負ぶっているのが自分ではないことに気付いてしまうだろうかと迷いつつ、我慢できずに敦子の頭を撫でる。
 どうしよう、どうしよう、とぐずるのが哀れで仕方なくて、益田が負ぶっていなければ抱きしめてやったのにと残念に思う。
「大丈夫だよ、敦子さん」
 宥めるようにゆっくりと頭を撫でながら、大丈夫、心配しないでいいと、鳥口はできるだけ優しく聞こえるように言ってやる。
 酔い潰れた敦子というのを初めて見たから対処法に迷っていたが、その他の酔っぱらいの例に漏れずセンシティブになっていることは間違いないらしい。
「大丈夫ですよ、大丈夫。一人で悩んで、辛かったね」
 泣き止み、呼吸が落ち着くまで辛抱強く、鳥口は敦子を宥め続けた。
 敦子に掛かりきりで益田の様子までは気を回せないが、足取りはしっかりしているので心配はいらないだろう。目に見える動揺は、寝ぼけている敦子が益田の背中に頬をすり寄せたり腕をきつくしたりする度、頭や肩がびくりと震える程度だった。心の中までは知れなかったが。
 寝たと確信してようやく、鳥口は益田に口を開いた。
「益田君こそ、大丈夫?」
 前に回って益田を正面から見ると、予想していなかった表情があって鳥口は少し驚いた。
「だい、じょうぶ」
「・・・君が泣いたって可愛くないよ」
「まだ、泣いてないよ」
「半泣きじゃないか」
 街灯にぴかぴかと、敦子の言うところの切れ長の目が光っていて、それが涙の膜のせいだというのは明らかだった。たぶんここに益田が一人きりでいたなら、きっと泣いていただろう。
「だって、こんな・・・」
 鳥口はしばらく益田の言葉を待ったが、ああとかううばかりで意味をなす言葉は出てこない。
「・・・とにかく、急がなきゃね」
「と、鳥口君、代わって・・・」
「だめだよ、起きちゃうかもしれないだろう」
「うう」
 益田は涙声で唸ると、先よりも大股で歩き出した。揺らさないように足の運びは静かなままで、まあ確かに優しいやつではあると鳥口はそっと笑う。
 益田のように泣きはしないが、鳥口だってもの凄く驚いている。
 実際のところは、敦子から今日何か相談を受けるのではないかと予想だけはしていた。仕事の話か、恋愛の話か。敦子は少し潔癖なところがあるから、酒の力を借りて話したいのであれば恋愛関係かもしれない、とも思っていた。だが、
「まさかなあ」
「うん・・・」
 まさか、益田だとは。
 敦子が落ちる寸前に言っていた「前は間に合った」というのが、きっと青木なのだろう。敦子は青木に対して抱きかけたものを、自ら捨ててしまったのか。青木が今も敦子に想いを向けているのを知っている身として、思わず溜息が出た。しかし、青木自身も、敦子と同じようにかつて関係を育てることを放棄した。
 青木さん、ミスったな。
「・・・来なきゃよかった・・・」
 空気に溶かそうとするように小さく、紛れもない本音を主張する声がした。
 なんということだろう。鳥口は思わず天を仰ぐ。
 神様仏様閻魔様、京極のお師匠様。
 敦子もまた、重大な間違いを犯してしまった。
 鳥口はどうしてもやるせなく、ただ、この夜の終わりを望んだ。


(続く)

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