★ボツ原稿
千鶴子の夫、中禅寺秋彦は正真正銘の書痴である。
妻として何年も添っている者から見ても、時たま呆れてしまう。
趣味の範囲に留まらず職業まで古書肆だと言うのだから、それはもう絶え間なく、本に囲まれ頁を捲る。客人が来たってその調子なのだから、彼の知人や旧友が馬鹿だ病気だと言うのももっともかもしれない。
「千鶴さんはよくこの本馬鹿に愛想を尽かさないものだねぇ。フシギだ!君たちの奥方は本当にフシギだ!」
千鶴子が四人分の茶のお替りを持って居間に入ると、縁側寄りに腰掛けていた榎木津が機嫌よく話しかけた。どんな話の流れであったのかはわからないが、どうやら夫をからかっているらしいとすぐに察する。中禅寺は相変わらず本に目を落としていて、ハナからまともに榎木津の相手をする気はないようだ。
「君たちって言うのはどういうことだい榎さん」
榎木津の向かいに座っていた関口が、ボソボソとした声で反論した。
「雪ちゃんもということに決まっている」
「そりゃぁ、まぁなぁ」
あまりにもあっさりと認めてしまった関口が可笑しくて、千鶴子は小さく笑った。
――雪絵さんが聞いたら怒るんじゃないかしら。
くすくすと笑いながら、新しく茶を入れた湯飲みを静かな仕草で卓袱台に置いていく。関口、榎木津、と茶を差し出して、三番目には榎木津のすぐ横で、ちょこんと座っている少女の前に湯飲みを置いた。「それを言うのでしたら」千鶴子が含み笑いをしながら口を開いた。
「美由紀ちゃんだって、ねぇ?」
美由紀は上目遣いに千鶴子を見上げ、すぐさま口をへの字にした。
「滅相もございません」
「そうだよ千鶴さん。女学生君が僕の寵愛を受けるのは何の不思議もない。僕はこんな京極やあんな関口とは違うのだからね」
ね、女学生君、と榎木津はにこにこと美由紀に笑いかける。
美由紀は照れ臭いのを隠したいのだろう、ぶっきら棒に「そういう意味で言ったんじゃないです」と言った。
この二人の関係は、やはり不思議だと千鶴子は思う。まだどうにも割り切れないようだ。
友人でも、恋人でもない。姪を溺愛する叔父、そんな関係になら見えなくもないが、それよりもお互いに細やかな気遣いをしているのを二人から感じられることがある。
千鶴子は最後に夫の湯のみを変えてやると、中禅寺は初めて本から顔を上げて「ん」とだけ言った。
いくらフシギフシギといわれようとも、千鶴子にとっては、何も不思議なことなどないのだが。
「では、ごゆっくり」
美由紀が丁寧に礼を言うのを微笑で返して、千鶴子は居間を出た。
――いつか、何も不思議でない時がくるのかもしれない。彼女達も。
そう思ったら、途端に少女のようにウキウキとした気分になって、今度雪絵に話してみようと思った。
*
京千鶴習作のつもりでメモした文章だった気がします。
エノミユは恋人未満です。時期は不明。
でも、榎木津さんも美由紀ちゃんもある程度自覚している気がします。
かなり初期の落書き文なので、榎木津さんのキャラがなんか違います。。
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