眠たいと思う前に欠伸が出た。
瞼を閉じれば陽射しがぽかぽか温かに顔にかかって、傷んだ目を癒すようだ。
あんまり心地良くて、そのまま仰向けに寝っ転がる。
首に当たる草はさすがにまだ冷たいが、そんなには気にならない。
居心地がいい。
どこまでも、いつまでだって満ち足りる気がする。
気持ちがいいついでに、横で座っているはずの女の子の腕を引っ張って寝っ転がらせてみようか。そのまま一緒に昼寝したらいい。
でも、ここは事務所でも京極堂でもなくて、川沿いの土手だ。そんなところで女の子が転がっているのは物騒だろう。
ああ、それなら――
「抱っこしていてあげるから、一緒に寝るかい?」
目を開けて尋ねると、彼女は穏やかだった表情を憮然とさせた。
「…はい?」
「気持ちいいよ。昼寝日和だ」
「いえ、そうじゃなくて。抱っこって、何ですか」
「だって、女の子がこんなところで一人で寝ていたら危ないよ」
抱っこしていれば不遜な輩が彼女に近付いても成敗できる。さらに都合がいいことに、僕は彼女を抱っこするのに何の異存もない。それどころか、彼女を抱きしめて昼寝ができるなんて、最高に素晴らしいことに決まってる。
さすがに、それを口にするのは憚られたから、言わないが。
促すように彼女のダッフルコートの腕を掴んだ。
途端、強張っていた彼女の表情から、力が抜けた。
ふう、と小さく吐息が漏れて、
頬や目の縁や唇や、とにかく彼女の全部が、
柔らかに微笑んだ。
それは―――
この世のどんなものより、
僕が望むと望まざるとに関わらず見てきたどんなものよりも、間違いなく感動的だった。
魔法みたいだ。
眠気も、抱きしめたいと思ったことも、彼女の腕を掴む僕の手のことも、すべて一気に遠くへすっ飛ぶ。
何だか、酷く脱力して、僕の手は彼女の腕から滑り落ち、頭は再び草の中に沈んだ。
陽が眩しくて手を翳しながら、少しの間空を見ていた。
空は青い。どんなに出鱈目な性能の目でも、空の青は美しいと思う。
広い広い青の中、白く霞んで見えるのは、たぶん、雲ではないのだろう。
彼女もいつの間にか、僕の視線を追ってそれを見ているようだった。
「ああ、月ですね」
白くてきれい。
そう呟いた彼女の横顔は、もうさっきみたいに微笑んではいない。
それでも、彼女の頭の周りは青ばっかりで、白く丸い月がひとつふたつ浮いていて、あとは眠たそうな顔をした僕が居るばかりで、それはそれで、とても善いものだった。
居心地がいい。どこまでもいつまでも満たされている気がする。
このこにとっても、そうであればいいのに。
僕は再び、目を閉じた。
*
BGM:『ether』
PR