腰に巻かれた華奢な腕の温もりが、優しく、そしてびりびりと強烈に、体の奥深くを刺激して熱を生じさせている。
 女学生君、けっこうマズい。
 今目の前にある、腕の中の薄い肩とか、首の白くて柔らかな皮膚とか、黒い髪から覗く小さな耳とか。
 深く口付けていた時に漏れた吐息とか、耳朶を噛んだ時に見せた潤んだ瞳とか。
 それらが容赦なく、体に熱を起こす。
 
 加えて、彼女は言ったのだ。
 ――好きなんですもの、本当に。
 嬉しい。嬉しくて嬉しくて、思考まで沸き立っていて。
 女学生君、かなりマズい。
 ただでさえ、日頃から柄にもなく我慢と努力をしているのだ。
 まだ若い恋人を、男の情欲で怯えさせないように必死で「我慢」しているし、彼女自ら「恋が成就した先」を求めるように、小出しに快楽を与えると言う「努力」をしている。我ながら涙ぐましい。
 
 でも、それなのに、女学生君。
 君が発破をかけてはマズいだろう。
 瞼で受け止めた唇の柔らかさにまで、体が反応した。
 色恋なんて散々経験してきたいい大人が、手管のいろはも知らぬ少女に煽られている。
 彼女は確かに自分の体にすっぽりとおさまっているはずなのに、どこか持て余している。
 マズい。
「ね・・・、アツい」
 首筋に、彼女の温かな吐息を感じた。
 心臓が止まるかと思った。
 実際はさらに鼓動が早まって、血液を体の隅々(本当に隅々)にまで行き渡らせていた。
「じょ、がくせいくん」
「何です? そろそろ暑いんですが」
 離れませんか?なんていう冷たい言葉は聞こえない。
    
 彼女の背に回していた腕に力を込めて、さらに抱き寄せた。
 細いが柔らかに、身体に馴染む。
 もっと、微細に、彼女を感じることができたら。
 この温かさに埋もれられたら。
 
「したい」
「はい?」
「したいっ」
「したい?」
「すごくしたい」
「したいって・・・え?」
 
 何を、と呟きながらも、彼女は答えを察したのだろう、途端に身体を硬くした。
「し、たいって、何? 何を?」
 ああもうわかっているくせに。
 彼女の柔らかな首筋に鼻先を埋めて、お互いの体温でより濃密になった肌の匂いを吸い込む。
 このままこの肌を舌で味わったら、たぶん止まらない。
 頭の片隅で、そんなことを思った。
「したいって、決まっているじゃないか」
 美由紀の首筋に、唇を当てる。微粒子の汗でしっとりとした感触。
 掴んでいる小さな肩が、僅かに震えた。
 
 僕は君を、君と、
 
「昼寝」
「お昼寝、ですか」
「そう、オヒルネがしたい。そういえば眠かったのだ僕は」
 腕を解くと、彼女はそっと離れてふうと息を吐いた。本当に暑かったのだろう。
 それは美由紀だけのことではない。下半身においては熱っぽい。
 美由紀は赤い顔で不機嫌そうに眉を顰めながら、首筋を摩っている。 
 その仕草に、どこかまだ扇情的なところがある。
 僕はため息を飲み込んだ。
「膝枕」
「はいはい」
 「我慢」も「努力」も、(今このときに関して言えば)楽しいものだ。
 「恋が成就した先」にあるものは、逃げないだろうし逃がさない。(これはずっとこの先も)
 だから、今日はいいかな、と思った。
 何より、本を読んだり昼寝をしたり、思い出したようにキスをして抱きしめ合ったり、ゆったりと天気のいい午後を過ごすのは、とてもいい過ごし方なのだ。
 その証拠には、寝転んで見上げた彼女が、嬉しそうに笑っている。
 
 
 膝枕なんてしたら、この熱が引くはずがない。
 狸寝入りを決め込みながら、また少し憂鬱になった。
 
※ 100217リライト

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