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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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HN:
行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★探偵×? (前提として×女学生)



 今日は土曜日。薔薇十字探偵社に来客はなかった。
 だいぶ前に日は沈みきって、細く開けた窓から冷たい夜の空気が流れ込む。
 台所から和寅が、食後の茶は何がいいかと尋ねてきた。
 珈琲か紅茶か。いや、それよりも。
「オサケぇ」

 大きな声を出したわけではなかったが、耳聡い和寅は「ええ、今からですかぃ」と返した。確かに、食事を終えてからうちで酒を飲むというのも、妙なタイミングではあるだろう。
 でも、何だか飲みたい気分なのだ。
 来客のない土曜日の夜。
 木場は捜査中で多忙なのだとこの間喚いていたし、うちのオロカな助手はこういう時に限って休みを取っている。
(あのこは学期末考査の勉強中。週末は部屋にこもって勉強するのだと言っていた。勉強なんてどこでするのも同じだと思うのだが)
 京極は本を読むしかしないし、関口は唸るか書くかしているだろう。だいたい中野の奴らは酒が弱い。
 他に誘えば来る奴らを思い出してみるが、やめた。
 まぁいいや。
 勢いをつけて立ち上がる。革張りの椅子が、大きな音をたてて床を叩いた。
「出てくるっ」
 ラックにぶら下げていた薄手のジャケットを片手に、外に出た。
 さて、どこに行こう。
 
 大通りを駅と逆方向に歩いて、狭い路地に入る。そこをしばらく歩けば、袋小路に赤く光る看板が見える。地下に続く階段を下りて、金色のノブがついたやたらに重い扉を開けた。
「いらっしゃい」
 黒チョッキに蝶ネクタイ。いかにもバーテンという格好をしたこの店のマスターが、カウンターの向こうで酒を作りながら笑いかけた。どこかの本屋とは大違いのやたらと愛想のいい男で、酒を作っている時でさえ微笑を浮かべている。
 店の中は、カウンター席の最奥に若い女がひとりと、テーブル席に初老の男の二人連れが一組。迷わずカウンター席の真ん中、先客の間にひとつ席をあけて座った。
 スコッチか。ジンか。
「ジンにライムいれて振ったやつ」
「はいはい」
 この店とはうちのビルができてからの付き合いで、もう4年近くになる。すでに勝手がわかっているから、マスターも気安い。頼んだカクテルの名は過去に幾度か教わった気がするが、注文の仕方は変わらない。変な名前だったことだけ覚えている。
 酒を待つ間、会話を邪魔しない音量にしぼられたジャズと、マスターの後ろに並ぶ酒の瓶を眺める。細かなラベルの文字など見えないが、弱い光量を四方に跳ね返す景色は綺麗だと思った。
マスターが振るシェイカーの中で、細かな氷がぶつかり合う音。見る度に面白そうだと思う。そうだ、今度やってみよう。
 シェイカーの購入先を聞こうと口を開いたのと同時に、真横から鋭い声が響いた。
「マスターおかわり!」
 威勢のよさに、思わず女を見やった。女も視線を合わせる。
 濃い色の唇を真一文字に結んだまま、細い眉をぴくりと動かした。三十代にも二十代にも見えるのは、表情のせいかもしれない。不愉快です、と形の良い富士額に書いてありそうな仏頂面。それでも、釣り気味の大きな瞳が印象的な、華やかな顔立ちだ。装いも化粧もごく普通の職業婦人といった雰囲気だが、仕草の中に妙に「こういう場」に馴染むアンニュイなところがある。
「はいはい少々お待ちを」
 マスターは女に向けて和やかにそう言うと、こちらに向き直って華奢なグラスを置いていった。
女はふっとため息をついて目を逸らし、正面を向く。少し笑ってやりたくなったが口元を歪ませるに留めて、代わりに酒を口に含んだ。
 深く霧がかかったような色の酒だ。ジンの苦味、ライムの酸味、アルコールの熱と、熟れる前の柑橘の芳香。つんつんと尖った味のこの酒はわりと気に入っている。
 煙草を出そうと身体を捻ったところで、やめた。本当にたまたま、視界に入ったのだ。
「なんだ泣いているじゃないか」
「泣いてないわよ」
 女は突き刺すような目で振り向いて、おかわりであるらしい赤い液体が入ったシャンパングラスを煽る。たぶん、ワインを何とかという酒で甘くしたヤツだ。そこそこ強い酒だろう。
「男さ。その人は貴女のカレシでしょう」
 女はグラスを置いて、ふにゃふにゃした動作で天井を仰いだ。一瞬、眉間から険が取れた時の横顔はあどけなくて、なかなか可愛い。見た目よりも酔いが回っているのかもしれない。
「泣いてた。泣かれちゃったわよ」
 投げやりな彼女の台詞を聞きながら、上向きに伸びた首筋の艶を眺める。
「普通、私が泣くでしょう」
「そう?」
「私だけって言ったのよ」
「うん」
「裏切られたのはこっちなのに」
「ふん」
「アナタだって。アナタみたいな人、女の子泣かせてばっかりなんでしょ」
 おや、慰めるどころか、絡まれてしまった。
 泣かせるものかと言い返したくなったが、そこでふと、一人の少女の顔が浮かんだ。

 猫のように、まっすぐなその瞳で、悲しそうに。

「泣かせたいわけじゃないよ」
 狙ったわけではないのに、ちょっと気障なほど、優しい声が出てしまった。
 彼女は訝しげにこちらを向く。よく見ると、瞼が微かに腫れている。黒い瞳は水気を帯びて、宝石のように光っていた。
「私を口説くつもり?」
 挑発的で蓮っ葉な物言いをしているが、要の視線が弱々しく揺れているし、声にも迫力不足だ。慣れた様子で酒場にいるのだから、口説かれ慣れてはいるだろう。しかし、今はヤケッパチなのがばれている。
 珍しく、言葉を選んで笑いかけた。
「口説くつもりだったけど、やめたよ」
「なんだ、慰めてくれないの」
 彼女は無表情に小首を傾げて、わずかに肩を落とした。少女染みた仕草がやけに似合う。
「慰めるさ」
 白い酒に口をつけてから、軽い調子で言った。
「元気を出しなさい。その泣き虫のことはさっさと忘れて、次の恋をするんだね。怒ったり恨んだりするのはすごく疲れる」
 顔も怖くなる、と言って、彼女を見た。
 彼女は気まずそうに口を曲げてから、顔を弛緩させた。場所のせいですかして見えるが、本当は表情の豊かな性質なのだろう。
「簡単に言うのね」
「本当のことだ。僕に手伝って欲しい?」
 彼女は、荷が重いわと言って、初めて笑顔を見せた。困ったような笑い方ではあったが、泣くのを堪える顔より遥かに魅力的だった。
「前言は撤回します」
 女は細長いグラスを揺らしながら言った。
「貴方は、女の子のこと、泣かさない人でしょう」
 迫力満点の口調は、ほとんど宣告だった。
「そんな顔して、真面目な人なのね」
 彼女はにやりと笑う。口紅をひいた唇が艶めく。
「貴女を口説こうとしていた男に言うかい」
 口説かないんでしょ、と言って、彼女は屈託なく笑う。
 それを見ながら、グラスの底に残った強い酒を一気に干した。
 
 ジンのカクテルを二杯飲んで、店を出た。
 可愛らしい女性だったから、ちゃんと、口説こうと思ったのだ。
 それをやめたのは、失恋したての女性に付け入るのはフェアじゃないとか、心変わりは裏切りの内に入らないだろうよとか、一晩中彼女の元のカレシの泣き顔を見せられるのは気持ち悪いとか、一晩の相手にするより飲み友達にした方が面白そうだとか、そういった「慣れ親しんだ理屈」のほかにまだ理由がある。
 紺色の制服を着たひとりの女学生の姿が、頭にちらついたのだ。
 会えば可愛いと思う。会っていなくても元気で笑っていることを願っている。しかし、酒場で思い描く存在ではないはずだ。
 それなのに、頭の中でその女学生が言った。

「好きって言ったのに」「私だけって言ったのに」「私を裏切るの」

 頭の中の少女は、大きな瞳から涙をこぼした。
 現実の彼女がそんなことを言う道理がないし、彼女の潔い性格からしてもその台詞はまったく似合わない。
 それなのにどうして彼女が出てくるのか。
 その意味がわからないほど子供ではない。でも、今はまだ、それをそうですかと認める時期ではないと思う。無視も認識もうまくいかないが、面倒だからと言ってこの混沌を否定するのは怠慢だ。
 
 ほんの少し火照った顔を、夜風で冷やしながら考える。
 
 『こんなに好きなのに。裏切られた。どうして。』
 くだらない台詞も、あのこが言うなら。
 
 なんてねぇ。まだ早い。
 
 ビルへ続く道を大股で進みながら、明日はあの子の寮に電話をかけてやろうと思った。
 

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