忍者ブログ
京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
| Admin | Write | Comment |
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新CM
[07/17 ミエ原]
[09/30 SHIRo]
[09/23 まりも]
[07/18 まりも(marimo65)]
[06/15 まりも(marimo65)]
プロフィール
HN:
行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
バーコード
ブログ内検索
P R
カウンター
アクセス解析
フリーエリア
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

★探偵×探偵助手(♀)
これの続き。
※じれったいっていうか展開が遅いっていうか。







 益田の心に広がっていた霞のような捉えどころのない欲求は、榎木津の自室に足を踏み入れた瞬間にあっけなく霧散した。ここに来たかったという事実を腕を取られたまま自覚して、無意識の願望に思い当たり戦慄する。
 ブラウス一枚ごしに感じる榎木津の手は、いつか触れられた時よりも冷たい。扉が閉まると同時に振り返った榎木津の顔は、部屋が暗いせいでよく見えなかった。突然気配が近づいて驚くが、それはただ腕を伸ばして益田の後ろにある電灯のスイッチを押しただけだった。
「お前・・・びくびくしすぎじゃないか?」
 榎木津は眉を顰めて益田を見下ろしているが、呆れているというよりはどこか戸惑っているように見えた。そういった見慣れない表情が、また益田を焦らせるなど思いもよらない。
「し、仕方ないじゃないですかぁ・・・」
 未だ榎木津の手は益田の腕、肘の下辺りを掴んでいるのだ。この接触だけでも、益田の日常からはかけ離れている。榎木津は仕方ないって何だと言いながら、相変わらず困ったような滅多にしない表情をする。
「お前、別に厭じゃないんだろうが」
 見透かされたような発言にぐわんと心が乱れるのを、益田はブラウスの胸元をぎゅっと掴んで立て直した。
「厭って・・・どれがです?」
 厭と言えば、もういろいろと厭だった。
 こんな時間に榎木津の自室に入るこの状況、いつもと違う榎木津、平静でいられない自分自身、適う事ならそれらから今すぐに逃げ出したい。何だかもう勘弁して欲しい。
「だから・・・」
 榎木津はらしくなく言い澱むと、今度ははっきりと腹立たしげに口をへの字にする。
「言ったぞ。今度此処で寝ていたら、部屋に連れて行くと」
 覚えているのだちゃぁんと、と何故か自慢気に口にする。
「今だって、ついて来たじゃないか」
 どこか不機嫌そうに見えるのは、もしかしたら必死という心情が表れた顔なのだろうかと、益田は思い当たりながらまさかと打ち消した。
 榎木津の言うことは何も間違っていなかった。益田は榎木津に手を取られた時、一切抵抗をしなかった。むしろ、榎木津が手を引いて行き場所を決めてくれたことに一瞬助かったとさえ思ったのだ。
 破天荒な性格と同居する育ちの良さのせいなのか、何か言いづらそうにしていることの内容も、益田は正確に理解しているつもりでいる。そもそも、榎木津が求めていることなど、あの夜明け前のひと時で分かっていたことなのだ。ただ、益田が考えたくなかっただけなのだ。
「私は・・・」
 何か言ってやらなければと、口を開く。しかし、頭を過ぎる言葉はどれも自分の言葉ではなく、何かで読んだり聞いたりした台詞のような気がした。場当たり的な言葉を、今この瞬間、しかも榎木津に向けて言っても怒られるだけだと益田は知っている。
 榎木津は探偵なのだ。
 助手である益田が、それは一番知っている。
「分からないです」
 益田が確実だと思い口にできた言葉は、そんな胡乱な台詞だった。
 声を見極めようとでもするように硬質だった榎木津の視線は、瞬きの瞬間にとろりと緩む。
 腕を掴んでいた手はすぐに離れて、潔いなと、益田は切なさを孕んで思った。


 榎木津は寝台に乗り上げると徐にシャツの釦を外し始め、益田はその景色に弾き飛ばされたように後ろを向いた。どうしてこんなことにと自らの境遇を嘆きながら、益田は豪快な衣擦れの音を意識しないようにして、先程までの恐惶状態で気にしなかった榎木津の部屋にぼうと目を走らせる。
 部屋を広く照らす電灯は既に消され、今は寝台横にある淡い色のランプだけが灯されていた。詳しくは知らないが、ベッドランプの存在は家主の目の特性故なのだろうと推測する。決して雰囲気作りなど期待されていない、はずだ。そう信じてはいても、何とも排他的な薄暗闇だった。
 先まで部屋に入る入らないで悶々としていた益田だが、実際は幾度か入ったことがあった。主に寝坊または昼寝中の榎木津を起こす役目を仰せつかって入っただけで、その時は拳か脚が飛んでくることを心配するだけでよかったのにと、過去の自分を少し羨む。今視界に入る部屋の風景は過去の記憶とそう変わらない散らかり具合だというのに、シチュエーションが違いすぎた。
「いつまで突っ立ってるんだお前は」
 目障りと言わんばかりの冷めた口調に、懐かしさを感じてほっとする。
「き、着替え終わったなら言ってくださいよぉ」
 振り返ると、榎木津は何度か寝巻きにしているのを見たことがある襦袢ではなく、丸首の白い半袖シャツに綿の柔らかそうなズボンという、昨今の寝巻きとしては割りにまともな格好をしていた。あの襦袢姿は目のやり場に困ると思っていた益田は内心ほっとする。
 榎木津は寝台の上で胡坐をかきながら、顎を上げ気味に益田を見やる。観察するまでもなく不機嫌なのが分かった。不機嫌の理由の心当たりが益田には大いにあるから、やはり直視はしていられない。
 榎木津が口に出したのは、意外なことだった。
「お前、その格好で寝るのか?」
「・・・そりゃ、パジャマなんてないですから・・・」
 ふうん、と榎木津は聞いてきたくせにつまらなさそうに応える。
 益田はそろそろ、この奇妙な状況に泣きたくなってきていた。いっそ泣いて見せようか。しかし、泣いたところできっと榎木津は煩いと一掃するだろう。

 榎木津が益田の腕を放してから、益田は当たり前に部屋を出ようとした。益田が口にしたのは「分からない」という如何にも曖昧な言葉だったが、榎木津にはそれで十分伝わったという手応えを感じたからだ。それなのに、
 益田が握ったドアノブを、榎木津は上から押さえつけて回させなかった。
『言わなかったか?問答無用だって』
 左耳のすぐ後ろから聞こえた低音は、電流のように益田の身体を貫いた。続いて、寝るだけだ馬鹿と幾らか優しい声がして、益田は額に片手を当てて眩暈をやり過ごしたのだった。
 それが、数分前のことである。
 出て行くなと命じられたところで益田が開き直って居座る気になれるわけがなく、少しは気分が落ち着いたとは言え途方に暮れていることには違いない。たとえ寝るだけだと言われた所で、益田が知っている探偵と探偵助手というものは、同じ部屋で、ましてや同じベッドで寝たりしない。では益田が探偵に逆らえるのかと聞かれたら、それは考えられない。流されていると言えばそうかもしれない。しかし、益田は信じていた。自分が最後の最後できっと、流されきれないだろうことを。
 寝支度を終えても口をへの字にしている榎木津は、ふいに周りを何か探すようにきょろきょろと首を回して、益田からは見えない寝台の足元から何か拾い上げた。それを無言のまま、益田に投げつける。
「え、きゃ!?」
 いきなり飛んできたものに怯えてみたものの、それはスピードも飛距離も出ずにいかにも軽量で、益田の足元に落ちた。手に取れば、それは洗濯したてらしい折り目のついた綿のシャツと、同様のズボンだった。
「特別に賜ろう」
 偉そうに腕を組んで言い放つ。益田は頭の中でその台詞を、パジャマにしろ、というふうに翻訳した。日頃の扱いからは想像できない待遇に、服を抱えながらしばらく呆ける。田舎から遊びに来た姪っ子に寝間着用の浴衣を貸す叔母というシチュエーションが頭に浮かんで、肩から力が抜けてしまった。
もう深夜をだいぶまわっている。榎木津が帰ってきてからどれくらいの時間が経っているのか益田にはもうわからないが、思考はぼやけて心は疲弊しきっている。
 何もしなければいい。寝るだけ、だ。
 この夜を平和に終える方法、それはたったひとつしかない。寝てしまえば、すぐに朝なのである。
 益田は下賜されたらしい手触りのよい服を抱きしめながら、腹を決めた。
「着替えますから、あっち向いててもらえます?」
「僕に命令するのか?」
 どうしてここで食い下がるのかと益田は思うが、ここはどうにも譲れない。
「あなた婦女子の着替えを堂々と眺めるつもりですか?」
 榎木津は婦女子なんていいものかと不貞腐れたようにぶつぶつと文句を言ったが、素直に益田に背を向けた。

 着替えている間、榎木津は口を利かなかった。雨が窓を叩く音よりも絹擦れの音の方が響くことに、益田はたまらない羞恥を覚えて手が震え、釦を閉めるのがもたついてしまう。たとえ視線を向けられていなくても、榎木津がいるところで服を脱ぐという行為が我慢ならない。さらに袖を通した服の裾やらウエストやらがあまりに自分の身体に合わないのも何故か気まずい。
「遅い」
 沈黙を保っていた男の唐突な声に益田は肩を震わせた。
「え、ちょ」
「あー。後ろ向きたくなってきた」
「待って!」
「この景色飽きたしなあ」
「ああっ」
 益田は何とかシャツの釦を閉め終え、ズボンのゴムが入ったウエスト部分がなんとか腰に引っかかって止まるのを確認する。忙しない仕草で余る袖を折っているところで、宣言通りに榎木津が振り返った。そこで、益田は今更ながらこの男が自分の着替え姿などを見て楽しいのだろうかとしみじみ疑問になった。やたら恥ずかしがっている自分が本当に愚か者のように思えてくる。
 榎木津は益田をじいっと見つめてから、彼が時折見せるのと同じ目の細め方をした。
「なんだか」
 ぼそりと零れたような低い声に、益田は警戒する小動物のように首を上げた。
「小学生みたいだなあ」
 そう言ってぶふっと噴出しながら笑う榎木津に益田が肩を落としたのは、呆れたのか、気が緩んだのか、がっかりしたのか――。
「いいですよどうせ貧相ですよ」
「うん、確かに色気はないね!まったく!」
 心底そう思っているのだろう口振りに内心本気で落ち込むが、からかう様子はいつもの探偵と助手のやり取りそのものだった。そっと最初の一歩が出てしまえば、榎木津が座るベッドまで行くのは簡単だった。
「榎木津さん」
 益田が名前を呼んだのには、榎木津がベッドの真ん中で胡坐をかいているものだから端に寄って欲しいという意味と、榎木津の真意が垣間見えるのではないかという希望が含まれていた。榎木津は立ち尽くす益田を素直な視線で見上げると、うっすらと笑った。胸を打つほどに、美しい笑顔だった。
「何だ」
「・・・何だじゃないですよ、もう」
 この笑顔が手に入るのなら、流されて流されて、何をされてもいいのかもしれない。そう思う一方で、やはり「よくない」と思うのだ。
 ふさわしくない。
 益田が榎木津にふさわしくない、そういう卑屈な考えも多少はあったけれど、一番拘るのはそこではないのだ。
 二人にとって、ふさわしくない、気がする。
 だからこそ、オレンジの灯りに揺れる鼈甲飴のような瞳に見つめられると、ますます居た堪れなくなる。自分はどれだけ今情けない顔を晒しているのだろうかと益田は思ったが、もうそれを隠そうとは思えなかった。こんな深夜に、大人気なく不器用な男女が二人ベッドのそばでする問答そのものが、丸きり情けないのだから。
「何だかな」
「何です?」
 榎木津はふふっと可笑しそうに笑った。
 その顔を、益田は一言可愛いと心の中で呟く。
「色気ないのに、何だかそそる」
「・・・馬鹿なこと、言わんでください」
 榎木津は悪戯にふふっと笑ってベッドの左端に少し寄ると、益田の目を見ながら空いたスペースをぼふぼふと叩いた。

(3)へ

拍手

PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[210] [209] [208] [207] [206] [205] [204] [203] [202] [201] [200]

Copyright c バラの葉ひらひら。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By Mako's / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]