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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★探偵×女学生
※特急掌編③
※【SS】の二人と、【掌編・短編】の二人は別設定で、つながりはありません。


 すき。好き。恋しい、請い、鯉。好き。隙。
 すきだなあと思った瞬間の、すきという言葉の意味がわからなくなってきた。すきがすきという音であるのかどうかさえも定かではない。
 こうなって困るのは、何と告げたらよいのかわからないということ。
 すき。好きです。すきってなんだ。
 ここ最近抱え続けている感情をできるだけ客観性を持って捉えて、これが恋心であることは間違いない。
 ただ、それを伝える言葉が、掌で掬って確かめてみるといつも少し違う気がする。

 美由紀が探偵社の客間を陣取り宿題を解いていると、肩に非常に重たいものが乗ってきた。
 ただでさえソファにかけながら低いテーブルに向かっているので、今にも突っ伏しそうな負荷がかかる。
「重い、です」
 無駄とわかっていても、一応訴えてみる。
「えー?」
 実に適当なはぐらかし方をして、榎木津はさらに美由紀の背に体重をかけた。相手次第ではセクハラだと怒りたくなるだろうが、榎木津であれば大きな秋田犬に乗りかかられたようなものだと美由紀は理解している。迷惑なことは、榎木津は秋田犬の成犬よりもさらに大きくて重たいということと、そして何より、美由紀にとって背に感じるのは恋しい人の温もりであることだ。
 微塵もロマンチックな状況ではないのに、鼓動は逸る。
「今日の宿題は何なの?」
「和歌です。和歌の現代語訳」
「わか」
「はい」
 榎木津は美由紀の小さな背に乗りかかりながら興味があるのかどうか微妙な響きでふぅんと呟くと、肩越しにテーブルに広がる教科書やノートを眺めているようだった。教科書には、訳を求められている和歌が数点載っている。
 やがて心身共に押しつぶされそうな圧迫感がどいて、腕一本分の重さが肩に乗るだけになる。馴れ馴れしい体勢も、日頃からスキンシップが多めな榎木津がやれば大したことではない。それを承知していても、美由紀にとっては大問題だった。
 緊張して心臓が身体中に血液を押し出している。
 体中が隣にいる男を好きだと主張しているというのに、己の口だけが躊躇していた。
 榎木津は美由紀の肩に肘を乗せただらしない格好で、教科書を拾い上げる。
「んーと、しのぶれど?」
 低い声に語りかけられた瞬間、美由紀は大きく肩を震わせた。

「僕にしちゃあ我慢しているつもりなのに、どうも顔に書いてあるらしい。下僕共までが僕が君に恋してるって大騒ぎするのだ」

「・・・はい?」

 何、それ。
 かあっと体が熱くなった。

 何を言い出すのだという疑問をひたすら視線にこめて、榎木津を見た。
「ということだろう、これ」
 横顔は常と変わらず整いきっていて粗がない。その平静さから、榎木津が口にした台詞が教科書の和歌の内容であって、他意はないとすぐにわかった。そもそも榎木津が自身の心情としてそんなことを吐露するはずがない。
「こりゃつまりラブレターなんだろう。古い言葉の意味がわかれば、あとはそれなりの形になるようにくっつければいい。これなんかは難しい言葉もないしね、簡単だろう」
「あ、はい」
 不完全だが現実的なアドバイスに、美由紀はふやけた思考に水をかけられた気分になって目の前の教科書を眺めた。
 落ち着くようにため息をついて、自分を叱咤する。
 榎木津は和歌に飽きたのか、教科書をテーブルに戻すとだらしない姿勢も改めて深く腰掛けた。
「なぞなぞのようで面白い気もするけど、回りくどくて面倒だなあ。平安貴族じゃなくてよかった」
 主語が抜けがちな榎木津の物言いをきちんと補足し、美由紀は理解した。
 では何と告げるのだろう。恋をする身としては聞き捨てならない。
「今だってもっと長々とラブレターを綴る人はいますよ?探偵さんは書いたことないんですか?」
 そう言うと、なぜか榎木津は少し恨めしそうに美由紀を見た。
「ない!面倒くさい!・・・何だ君はそんなラブレターをもらったことがあるのか。うわぁ真っ黒だな」
「ちょ、やめてくださいよ!」
 面倒なものを視られて思わず頭上に手をかざすと、榎木津は幾らか不愉快そうに呻いた。
「とにかく、僕はそんなの嫌だ!・・・嫌だから」
 駄々をこねる子供のような調子で言い切ると、急にしゅんとおとなしくなってしまう。何事かと見守っていると、自身の膝に肘をついて手を組み、らしくもなく考え込んでいるようだった。
 それから榎木津は、迷いの少しも晴れない声で告げた。

「・・・回りくどくも長くもなくて、ちゃんと、君に抱く感情を表す言葉を、ここ最近ずっと探してる」

 美由紀もまた、榎木津の言葉の意味を迷い、自分の返答に迷いながら告げた。

「・・・それは・・・それは、私だってそうです」

 紡ぎあう言葉が何を伝えているかは、二人がそれぞれ思うよりも明白だった。

 一拍の間の後、鉛筆を握ったままの美由紀の右手に大きな手が触れた。
 美由紀を覗き込む茶色い瞳は、何か摩訶不思議な謎を秘めた生き物を探るように揺れた。

「じゃあ、見つかったら、すぐに言って」
「探偵さんも」
「うん」

 二人はしばらくそのまま、不自然な形で指を絡めていた。


(終)

 

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