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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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『薔薇十字探偵の私事』(5)-2
これの続き。
※ネタばれの嵐です。シリーズ中未読本がある方は超注意。
※そのネタばれの真偽が怪しい。 


 考えごとをする時は騒々しい場所に限る。
 そんな松枝の信念を叶えるのが、その店のバーカウンターの最も奥、一番暗い席だった。
 そこが気に入っている人間は他にもいて、彼らの暗黙の了解として、基本的には早い者勝ちであり毎日は通わないことになっている。松枝自身、実際にその席に座るのは店に訪れる時の三回に一度程度の頻度だった。残りは友人達とテーブル席で飲んでいるが、今日は誰も誘わず誘われもせず一人で来て、わいわいと飲んだり踊ったりする男女の気配を頭の後ろで感じながら、安いウィスキーを飲んでいる。
 アルコールが特別に好きだということはないが、割りに強い体質らしく量を飲んでも乱れなかった。それでも、適量の酒精は血を巡らせる。
 交わした言葉や手に入れた情報を気持ちよく整理するには、もってこいのお供だった。

 *

 こそこそ探ることもないのだし。
 松枝はいつの間にか半分待ち合わせ場所のようになった二階建ての古書店の二階窓辺にある閲覧用の椅子にかけて外を見ながら、今日来るか明日来るか知れない少女を思った。「彼」のことを知りたいなら、彼女に聞くのが一番早い。
 呉美由紀は高確率で土日のどちらかに神保町に現れる。古書が目的ではなく特定の人物と面会するためだというが、ここ最近はほとんど必ずといっていいほど、神保町に来れば古書店に立ち寄るようになっていた。呉美由紀は勤勉で読書は嫌いではないらしく、来る度安くなった文庫本を一冊選んで購入し、その一冊を選ぶ手助けをするのが松枝と顔を合わせる理由だった。
 松枝は昼間はほとんど勉強しているか本を読んでいるかしかしていないし、若者の活動時間など太陽が沈んでからに決まっているのだから、土日の日中を古書店にこもるなんて蔵書を読み尽くしでもしない限り退屈をするはずがなかった。むしろ、待ち合わせが古書店なんて理想的でさえあった。
 約束をしているわけでもない、たぶん会えるだろうけど会えない可能性だってかなりある、そういう交際の仕方が、松枝の無表情の底にある案外波立ちやすい感情を、たまらなくわくわくと、興奮させる。

 待ちがてらの読書を初めて二十分程経った頃、絞られた声が「松枝さん」と呼んだ。高くはないが濁りもない、はきはきといているのにどこかしっとりとした感触がある声である。
「今日は何を読んでるんです?」
 美由紀の第一声は数パターンあって、今日のは一番登場回数の多いものだった。
「これ」
「・・・これ、新作じゃないですか。このお店に置いてあったの?」
「いいや。持参したのをここで読んでるんだ」
「図書館じゃないんだから」
 店内であるせいか美由紀がするにしては大人しい笑い声は、さらに掌に隠れてしまった。その仕草をうっとりと見つめていると、美由紀が困ったように視線を逸らす。その表情に、松枝はつい期待してしまう。自分が商品でないものをわざわざ此処で読む理由を、美由紀が深読みしてくれないものか。
 しかし、まだ「時期」ではないのも事実だった。
「呉さん、今日はどのような本をお探しで?」
「実は、もう一階で買っちゃいました」
 無邪気な笑顔と共に聞かされた事実に、滅多に動じることがないはずの松枝は目を丸くした。
「あ、そう」
 美由紀の言うことはつまり、自分と話をする為だけに、二階に上がってきたということだ。
 これまでだって実際の所は、買い物のついでというポーズをとっていただけで二人で話をする為に此処に来ていることは変わらない。しかし、それをはっきりと行動で示されたことは、松枝のあまり活動的でない表情筋を強ばらせるのに十分な事実だった。
 ――いい傾向だなあ。
 松枝はうきうきする心情をほんの少しだけ目の端に浮かせながら、美由紀を茶に誘う台詞を考えていた。

 美由紀の返答は簡潔で、それでいながら松枝の関心を十分に引きつけるものがあった。
「変な人って・・・どんな風に?」
 美由紀と会話をしていれば必ず複数回登場する人物だから、これまでの会話の内容から推測するに確かに「変な人」と表現するにふさわしい珍妙な性格をした人物だろうということはわかる。しかし、美由紀が言う変なという言葉の意味にも、松枝は個人的に興味があった。
 美由紀はまっすぐに下ろした黒髪をさらりと揺らして首を傾げると、言葉を選ぶ為の一秒をとって口を開いた。
 伏せた長い睫を見て、聴覚を奪われそうになる。
「いい歳をして子供みたいな人で・・・甘いものを好んだり、所構わず昼寝をしたり、そもそも仕事をしませんし」
「探偵は職業じゃないの?」
「いわく仕事じゃないのだそうです。神が与えた称号だとかなんとか。ああこれはいつだったかお話しましたね」
 松枝は美由紀の言葉に引っかかりを感じて僅かに眉を寄せた。
「神が与えた?」
 探偵は称号である、という文句は過去に美由紀から聞いたことがあった。しかし、神が与えたとは、どういうことだろう。その表現には通常、「天職」というニュアンスがある。そういわしめる根拠があるのだろうか。
「よくわかりませんが・・・彼には人の秘密がわかってしまうんです」
「そんなに素晴らしい推理力があるのかい?」
「いいえ。彼は推理なんて必要ないと言うんです。わかっちゃうのだから、わざわざ推論を立てる必要はないんですよ」
「・・・ごめん。言っていることがちっともわからない。推理をしないで、秘密がわかる?」
 美由紀の発言はいつも明確で論理的だったから、これまで話をしていて意味が分からないということはなかったというのに、松枝には今美由紀が言うことが酷く抽象的で難解な散文詩のように聞こえていた。
 美由紀は大きな瞳をいたずらを仕掛けた子供のようにきらきらとさせている。
「例えば、現場を見てその状況から瞬間的に推理をしてその証拠を見つけているから、他者には推理をしているように見えないとか・・・そういうこと?」
 美由紀は少し考えてから、首を横に振った。
「場合によってはそういうこともしていると思いますが、それが彼を探偵にしているものではありません。・・・これも以前、お話しましたよね。秘密を暴くのが探偵なんだって。彼は一目視れば秘密が解る、だから、彼は探偵なんだそうですよ」
 ごめんなさい、私にもよくわからないんです。美由紀はそう言葉を括って、松枝の更なる追求を封じた。残念ではあったが、美由紀のこの慎重さは松枝が好む魅力のひとつだから仕方ない。ここまで話してくれただけでも、松枝を相当信頼してきているという証だろうと思えた。
「一目、見て、ねえ」
 瞬間的な状況判断のことを言っているのではないのだとしたら。
 しかし、霊媒師だとかくだらないことを公言する人間を、美由紀が信用するとは思えない。
 ただの職業探偵のおっさんではないのか――?
 呉美由紀の心を捕らえて放さない男について、今後対策が必要になった時に情報があった方がいい。そう思って、軽い気持ちで尋ねただけだった。松枝は、予想していたよりもずしりと重たい難問を抱えてしまった気がして、どこか嬉しそうな美由紀の声を、久しぶりに切ない気持ちで聞いた。

 *
    
 変人だと言われはするが、松枝自身はちっとも自分を変だと思ったことがない。常識から逸脱する行動など取ったこともなければ取りたいとも思わないし、変わった性癖も(恐らく)持っていないし、いわゆる超能力も持っていない。同様に、他者に対して、こいつは変わっているなと思ったこともなかった。あいつは変人だと評価されている友人も、松枝には何が変なのかよくわからない。似た性格の人が少ないというのが変ということなのであればわからないでもなかったが、松枝が「変」という言葉に期待している何か「脱線しているもの」があった者はいない。
 変人に憧れているわけではない。しかし、気付けば探している自分がいた。
 「普通」が服を着て歩いているような自分に天敵というものがあるとすれば、きっと、「変人」がそれに値するのだろうと、本能的に察していたからなのかもしれない。
 つまり、松枝の約二十年程の人生で、天敵という存在はなかったのだ。

 自分の背と椅子の間に挟むように置いていた紙袋から、一冊の雑誌を取り出した。証明が絞られたバーカウンターでは見づらいが、暗さに慣れた目ならば字を追うことは難しくない。
 それは二流カストリ雑誌の古本だった。縁の部分は劣化が見られるが、松枝は今日迷わずにそれを購入した。
 呉美由紀が東京に越してきた年に発行されている、猟奇殺人を扱ったカストリ雑誌または月刊週刊誌――松枝は自身の趣味に応じた本を探す片手間で、それらを探し歩いていた。
 趣味が悪いだろうか。
 そう思わないでもなかったが、もともと、気になったことはとことん突き詰めないと気が済まない執念深さがあると自覚しているから、考えるだけ無駄だ。
 既にこれまでの付き合いの中で、美由紀本人から聞いていることは多い。出身は千葉で、中学三年に進級するのと同時に東京に越し、それからすぐに神保町にある探偵事務所に「遊びに」行くようになったという。松枝との出会いのきっかけがその探偵事務所に行く前の寄り道だったのだから、その程度は問うこともなく教えてもらえた。それから、「探偵」が美由紀にとってある種の恩人であること、その探偵は数件の大きな事件を解決した経歴があること、そして、どうもかなりエキセントリックな性格であることを聞き出した。
 会話だけではすべてが知れないことは明白だった。不自然に聞き出そうとしてこれまで築いた信頼関係に傷がつくようなリスクを負うわけにはいかない。
 マスメディアに目を付けたのは半年ほど前になる。カストリ雑誌の信憑性はともかくとして、人名も住む場所も容赦なく晒す媒体は、例えば「当時の大きな事件」を浚えば大手の新聞などの媒体よりもよほどあからさまな情報が得られると踏んでいた。
 結果としてーー期待通りであり、ある意味、期待は外れていた。
 薔薇十字探偵社の所在は美由紀当人から聞いて知っていたから、それが榎木津ビルジングの最上階にあることはわかっていた。名前からして榎木津財閥の関係筋の不動産だろうとは思っていたが、まさかその財閥の御曹司本人が探偵社を営んでいるとは思うまい。
 買い集めた雑誌の頁を進めるごとに、松枝は記憶を掘り起こしていった。
 雑司ヶ谷の老舗医院で起きた新生児誘拐殺人事件から始まり、当時の人気小説家が起こした無差別バラバラ殺人、ほぼ迷宮入りだが代議士の孫娘の誘拐事件、逗子の連続殺人、箱根山の僧侶連続殺人・・・
 そして――これだ。
 千葉の女学校が舞台になった、あまりに陰惨な事件の記憶が揺り起こされた。
 織作紡績周辺で起きた絞殺魔、目潰し魔の事件。事件現場は都内と千葉に点在しているが、どちらの事件も共通して現場になっているのが、ある女学校だった。富裕層の子女を集めたこの女学校は、新聞の発表と質量多岐にわたる雑誌から得た情報を照合して正しいと思われる内容だけをとってみても、すぐには信じられないような凄惨な状態だったらしい。
 一人の女学生の飛び降り事件を皮切りに、学内で援助交際グループが存在したことが暴露され、絞殺された教師による暴行事件の発覚や、その被害者の女生徒の絞殺、黒幕には織作紡績の末娘である優秀な生徒が関わっていたという。さらに、その彼女は目潰し魔によって殺害されてしまった。
 呉美由紀と榎木津探偵の接点は、この事件だったと思って間違いはないように思えた。
 美由紀がこの事件にどう関わっていたのかは、松枝が考えてもわかるわけがない。ただ、とある悪趣味なカストリ雑誌にはその織作の四女が殺害された状況が詳細に(そしてグロテスクに)書かれていて、それによれば現場には織作の娘以外にもう一人生徒が証言者として同席している。すべて鵜呑みにする気にはなれない内容ではあったが、その女生徒の心情を思うと、自然と眉間に皺が寄った。
 もちろん、榎木津探偵は、この事件の幕引きの現場に悉く登場している。結局この事件は、あまりの犠牲者の数に、警察の対応にはかなり厳しい意見があげられていたと松枝自身も記憶していた。だからこそ、目潰し魔と絞殺魔の捕獲両方に貢献したとされる榎木津探偵には称賛の意見が大きい。
 その後も、韮山で起きた不可解な宗教闘争、軽井沢の元伯爵家の連続花嫁殺人事件、大磯海岸付近の連続毒物殺人事件、奇妙なものでは、代議士の息子の結婚式を贈収賄の逮捕劇にしたり、この――
「れーかん探偵・・・」
 華族探偵vs霊感探偵、という見出しで、何らかの勝負かと思いきや一転し、このいかにも偽物という霊感探偵の逮捕劇になっている。
 ――とにかく。
 職業探偵あるいは弁護士や刑事、検察官、事件を処理する職業に従事する者なら誰もが、喉から手が出るほど欲しくなるだろう異様なほどに華やかな経歴を、この榎木津礼二郎は手に入れている。
 それに併せて、榎木津財閥の次男坊、これは間違いないだろう。さらに、帝国大学法学部卒、元エリート海軍士官という経歴がつき、この辺りになるとできすぎていて現実味がない。
 実際のところ、経歴など、今を生きる十代の若者にはあまり重みがないのもまた事実だった。特に元海軍士官と言ったところで色めきたつのは母親世代であって、今時の女学生は首を傾げるばかりだろう。彼女達にとってものを言うのは、今どうなのか。
 ――だからこそ。
 松枝は少しがっかりしている。 
 とある大手出版社の雑誌のカラー頁一面で、松枝がもっともアホらしいと思った「vs霊感探偵」の記事が載っている。
 やけに詳細な事件解決劇の内容と共に、どうもその現場でばっちりとカメラに収めることに成功したらしい、かの華族探偵が写っていた。
 ――おっさんじゃないじゃないか。
 当時としては良好な画質のその写真は、榎木津礼二郎が眉目秀麗と称賛されるのを大いに納得させた。優美な顔立ちを引き締めるくっきりとした眉、強い眼光は活力に溢れていて、美由紀によればこの当時で三十路半ばを過ぎているはずだが、この写真からはとてもそうは思えない。カラー頁の裏には霊感探偵を取り押さえる(というか踏みつけているように見える)榎木津探偵の写真があるが、その全身像から推測するに、日本人らしからぬ細長い体型をしているように見えた。つまり、いかにももてるタイプだ。松枝としてはまったく、がっかりしたくなるルックスである。
 そして、少々質が劣るカストリ誌を開く。
 立ち読みをした時点で、ひっかかる文言があった一冊だった。

 ――千里眼。
 
 この神秘の金色の瞳、実は千里を見通す神通力を宿すのである。

 目で追ってすぐにくだらないと思うが、しかし松枝の脳内で警鐘を鳴らす一文だった。
 榎木津探偵の事件の関わり方について、美由紀は、みればわかるのだそうです、と松枝に語った。推理などするまでもなく、みればわかると。
 
 ――超能力者。

 誌面にそうとは書かれていなかったが、千里眼とはつまりそうカテゴライズされていいものだ。それは松枝にとってさらに、霊感や占いと同じ「疑うべき」ものにカテゴライズされる。
 しかし、同時に榎木津探偵が実際に素晴らしい経歴の持ち主であることは事実である。そしてあの疑わしきは「信じず」の呉美由紀は、榎木津探偵を深く慕っていることも事実だった。

 数々の猟奇事件の解決に関わった経歴、財閥の御曹司、頭脳明晰、眉目秀麗、超能力・・・

 もしもそれらすべてが真実であるのなら、松枝は、人生で始めて「苦手なタイプの人間」を目にすることになる。
 松枝は最後の雑誌を丁寧に閉じてから、薄まったウィスキーを飲み干した。

 それは、首の後ろにべたりと張り付くような声だった。

「君さ」

 何の気配もなく唐突に耳元に聞こえた呼びかけに、思わずぞっとする。

「エヅのこと、調べてるの?」

 振り向いた先に、いやらしく笑う口があった。


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