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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
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はじめまして。よろしくどうぞ。

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谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★中禅寺夫妻


 隙間風が立てる音に気付いて、千鶴子は雨戸を閉めようと縁側に立った。
 夜空を見上げれば、やわらかに光る月が目に入る。
 もうじき満月という丸い月である。
 月見の季節なのだと、千鶴子は思い出した。

 中秋の月、か。

 小さな足音に振り返れば、飼い猫が歩いていた。
 猫の足音にも気付けるほど、この家の中では音を立てるものが少ない。
 柘榴と呼ばれる若い雌猫は、千鶴子には目もくれずに通り過ぎて、奥の座敷へと入った。
 座敷は戸が閉まっておらず、縁側に明かりが漏れている。
 そこでは千鶴子の言うところの「仏頂面の石地蔵」が、十年一日の如く本を開いている。

 

 千鶴子が湯のみを二つ乗せた盆を持って座敷へ行くと、案の定、床の間の前には石地蔵が鎮座していた。
 地蔵と言っても、絶えず書の頁を捲り目で活字を追うという奇怪な地蔵であるから、千鶴子は呆れてしまう。
「開け放していて、冷えませんか?」
 障子も閉められていないのは、書に興じるあまり無精して昼のままにしているからだ。
「ん。ああ」
 中禅寺は綺麗な緑色にはいった茶を差し出されて、やっと顔を上げた。
「こいつがいるからね」
 こいつ。
 よく見てみれば、中禅寺の胡坐の上に、こんもりと黒い毛玉が乗っている。
 尻尾の先まで身体に沿わせ、器用に丸まった柘榴だった。 
「これが温かい」
 中禅寺は猫を撫でてやるでもなく、ただ、膝に乗せている。
 暖をとっているだけという、つれない口ぶりだ。
 しかし実際はそうではないことを、彼の妻はよくわかっている。
 千鶴子は小さく笑って、中禅寺の斜め隣に自分の分の湯のみを置いた。

   

 しばらく、千鶴子は黙って茶を飲んだ。
 聞こえるのは頁を捲る乾いた音、茶をすする音、僅かな衣擦れの音。
 縁側の向こうは夜の闇に染まっているが、微かに木々のシルエットが白く浮かぶ。
 月灯りだ。
 
「ぼんやりしてどうしたんだい」 
 千鶴子ははっとして、庭へやっていた目を夫に向けた。
 見慣れた仏頂面である。何もせず黙って茶をすする妻を訝しんでいる顔だ。
 千鶴子は穏やかに言った。
「月が、綺麗に出ていたから。秋なのね、って」
「ほお、風情を楽しんでいたってわけかい」
 ふふ、と千鶴子は曖昧に微笑む。
「そこからじゃ月は見えないだろう」
「さっき縁側から」
「寒くないのか」
「そうですねぇ」
 夜の空気は、確かに座敷に入り込んでいる。

「温かそうで、すこし、柘榴が羨ましいです」
       
 頁を捲ろうとしていた中禅寺の指は、そのまま栞の紐を摘んだ。




 ゆらゆら揺れる尻尾が座敷を出て行くのを、千鶴子は首を捻って見送った。
 温かな寝床をとられて、彼女は御立腹に違いない。

 ごめんね柘榴。

 不機嫌な飼い猫とは反対に、千鶴子の耳元では中禅寺が可笑しそうに笑っている。
「月には変身の魔力があると言うが、猫に化けたかい?」
 それはいい、と千鶴子は思った。
 夫の着物の袷に顔を擦り付け、ニャオ、と啼いてみる。
「恋猫は季節はずれだがなぁ」
 中禅寺は、己の腕の中で懐いている猫の顎をひと撫ですると、そっと顔を近づけた。 

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