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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★探偵×女学生


 美由紀はもうずっと考えている。次に探偵社へ行くまでに、何らかの答えを出したかったからだ。
 寮の自室でだって授業中だって食事中だって友人と話していた時でさえ、本当に四六時中美由紀は考えた。考えたのだが、不十分だったのだろう。

 次に探偵社へ行く日、今日はその日だ。
 その日になっても、答えはわからない。
 これでは探偵に会えない。美由紀はそう思った。
 けれど、探偵に会いに行かないという選択肢はどうしても思いつかない。
 美由紀は、すでに身体に刻み込まれている探偵社へのルートを大きく迂回した。14の歳から既に3年あまり探偵社へ通っているが、暮らしているわけではないから決して道に詳しくはない。迷わないよう道のりを頭に入れながら、歩く。
 できるだけゆっくりと歩いた。
 時々、乾いた落ち葉を踏んだ。

 言葉が足りないのだと美由紀は思う。
 思考を構築するのに必要な語彙、言葉が足りない。
 その決定的に足りていない言葉とは何なのか。

 考えるのだ。
 足りない言葉とは何か。
 コレは、何なのか。

 ベンチでもあればいいのにと思いながら、歩き続けた。歩いて、考える。
 考えながら、美由紀は自分の思考と感情、記憶と思い出の区別がうやむやになっていくのにうっすらと気付いていた。しかし、問題にはしない。実際どちらでもいいことなのだ。
 美由紀が思考している対象は、本当は言葉なんてものではなくて、己の思考そのものなのである。いくら聡明な美由紀でも、思考の渦に呑まれた今はそのことに気付けない。

 考える。考える。
 どれくらい回り道をしたのか、気付くと美由紀の足元は鮮やかな黄色の落ち葉で埋め尽くされていた。進んでいた大通りから脇に入る、幅の広い遊歩道の並木から風で飛ばされてきたものらしい。
 横を向くと、美しい並木道が伸びていた。

 ああ、秋だ。

 並木道は秋だった。
 他の通りが秋でないのかと言ったら、もちろんそんなことはない。ただ、美由紀の前に現れた並木道は、紅葉した葉の色とむき出しの幹の色で染まり、枝の隙間から見える青空が高く、それは胸を締め付ける景色だった。美由紀は迷わず並木道へ入った。
 クシャクシャと音を立てながら、落ち葉の道を進んだ。冷たい風が吹くと、ひらひらと黄色い葉が舞い落ちる。寒さを忘れ、無限に降るような黄色に見とれた。
 人通りは多くない。勤め人や幼い子供を連れた若い母親、飛び跳ねる雀、そういったものとすれ違う程度で、至って静かだ。通りの喧噪からも遠い気がする。
 美由紀は並木道に等間隔で並んでいるらしい木製のベンチに腰掛けようと、あいているものを探した。一番手前のものには、杖を突いた老夫婦が座っていて、さらに先のベンチを見ると、遠目でよくは見えないが、人はいないらしい。
 美由紀はほっとして歩を速めた。
 
 ソレを見つけてしまったのと同時に、美由紀はこの並木道に入った当初の目的を諦めた。それはもう潔かった。
 コレがソレなんだから、考えるどころじゃない。
 美由紀が目指していたベンチには、黒のスラックスの膝を手すりから大いにはみ出させ、濃い茶のジャケットの腕をだらりと腹で組み、ベンチを大胆に占領して仰向けに寝る、よく見知った男の姿があった。
 見知っているのだが、どこかが違う。
 美由紀は呆れているのと驚いているのとが半々くらいの心持ちで、傍目には呆然と、ソレを上から観察した。
 栗色の髪には、まるでそういう髪飾りであるかのようにイチョウの葉が乗っている。寝顔は人形のように無表情に見えた。緩く閉じられた薄紅色の唇にも、けぶる睫に彩られた瞼にも、どこか緊張を感じる。美由紀が抱いた違和感の正体はこれらしい。この男特有の、馬鹿っぽさに由来する愛嬌がないのだ。

「探、偵さん?」

 本当に小さな声で呟いてみただけだったのだ。
 それなのに、目の前の人形はそのガラス質の瞼をぱっちりと開けた。
「やあ女学生君!」
 探偵は、実に快活に、到底寝起きとは思えない調子で言った。
 驚いたのは美由紀である。
 美由紀は一瞬言葉を失ったが、面白そうに美由紀を見詰めている探偵の瞳を見つけて我に返った。
「た、探偵さん、寝ていたんですか?」
「寝ていたよ。ここは静かだから2分で寝たッ」
 場違いに陽気な口振りに、美由紀は気が抜けてしまう。
 探偵は、腹筋を使ってすうっと起き上がり座り直した。先ほど感じた緊張感は、もうどこにもうかがえない。人形じみた顔立ちは変わらないが、人形は盛大に欠伸をしないし、涙目にもならない。髪の毛に落ち葉をくっつけている人形も、あまり見たことがない。
「寝るために、ここにいたんですか?」
「違う。君はなかなか来ないから、寝転がっていたら寝てしまったのだ」
「え? 私を待っていたんですか?」
「待ってはいないよ。来るかと思ったのだ。そうしたら来た! さすがだ女学生君」
「どうして、私がここに来ると?」
「うん?」
 探偵は日頃その「記憶を視る目」で普通は知りえない情報を得るが、美由紀がこの並木道を通ることはどう考えても誰にも知りえないことだ。 
 尋ねられた探偵は、大きな目を上目遣いにして美由紀を見た。美由紀は思わず立ち竦む。覗いた探偵の瞳が、まるで紅葉したイチョウの景色を映すかのような黄金色をしていたからだ。
 気恥ずかしさを誤魔化すために、美由紀は探偵の前髪についた黄色い葉を摘んだ。指先の、探偵の髪が触れたところだけが、やけに痺れた。
 探偵は美由紀の指先のイチョウを目で追う。
 そして、ゆっくりと、はっきりと言った。

「それはね、君と似たようなものかなと思ったから、だね」

 探偵の口調は淡々としていて、決してふざけてはいなかった。
 記憶を視ているのでも、美由紀を見ているのでもなく、一枚のイチョウの葉をその紅葉した瞳に映している。

 私と似たようなものだと思ったから、探偵はここに来た。
 美由紀は探偵の言葉を反芻する。
 指先のイチョウの軸を持って、探偵と一緒になってその頼りない落ち葉を眺めた。

 何が、私のどんなものと似ていると言うのだろう。
 私のどんなものと、何が似ていたら、探偵がここに来ると言うのだろう。

「もう説明しないよ」
 悪戯を仕掛けた子供のように、探偵は笑った。
「言葉が、足りなさすぎです」
 探偵はあははと快活に笑いながら、すっくと立った。
 本当にこれ以上説明する気がないことがわかってしまって、美由紀は苛立つほどに不満だった。胸の痛みを伴う苛立ちや焦燥で、心が満たされる。
 美由紀はまた、考えなくてはと思った。
 この戯れのやり取りには不釣合いな、切羽詰った寂しさは、何だと言うのだろう。

 美由紀は、ひとつの言葉を知っている。
 けれど、信じられないのだ。ソレがコレなのか。
 この奇人に抱く感情として、ソレはありえるのだろうか。
 手にとって誰かに見せて、コレはソレなのでしょうか、と聞くわけにいかない。 
 ほかに、もっとしっくりくる言葉があるのではないか。

 考えたい。

 虚ろな表情で、美由紀は立ち上がった探偵を見上げた。頭ひとつ分身長差があるから、顔を見ようと思ったら上目遣いでは足りない。
 探偵は、いやに真剣な顔をしていた。
 あ、緊張感。
 寝ている探偵を見た時に感じた、緊張がそこにはあった。

「ソレかして」
 
 ソレ、と言われたのは、美由紀が摘んだままでいたイチョウのことらしい。
 美由紀はその黄色の葉を探偵に差し出した。
 探偵は、そっと葉を摘み取る。男性にしては造作の整った、白い指先である。それから、軸を摘んでくるくると回しながら、つまらなそうにその葉を観察した。
 その次のことは、美由紀にとって一瞬だった。
 探偵の指から、はらりと黄色の葉が零れた。
 その葉が、二人の足元を埋める無数の落ち葉に紛れる前に、探偵は歩き出していた。葉を放ってあいた手に、美由紀の右手をとって。
 
 探偵と歩く時、手を繋いだことは過去にない。
 今、美由紀の右手には華奢な落ち葉の代わりに、大きくて温かい確かな圧力と質量がある。重なった手のひらは、乾いていて少し硬い。触れている指の先だけがほんの少し冷たいのは、長く外気に当たっていたせいだろう。 
 これは探偵の手なのだと、美由紀は幾度も横目で確認した。その度に、思考するのに必要な言葉を失くしていく。

 何も考えられない。
 
 探偵は真っ直ぐに前を向いてさっさと歩く。ぼんやりしていると手を引っ張られてしまいそうで、美由紀は少しだけ早足になった。
 二人が地面を踏むたび、クシャクシャと枯葉が音を立てる。
「葉っぱよりも、こっちの方が余程いいじゃないか」
 暢気な口ぶりに、美由紀は少し悔しくなる。
「―――な、何で、手! あの、私だって、こ子供じゃないんですから!」
 美由紀はやっと口から出た言葉のしどろもどろ具合いに、すぐに後悔した。しかも言ったことは本音からずれていたし、言いたいことはそういうことではない。 
「君は自分のことを子供と言ったり子供じゃないと言ったりするが、僕は君が子供じゃないことをよく知っている。いつも言っているだろうに健忘女学生」
「いえそうではなくて!」
「子供じゃない人と手を繋いではいけないという決まりはない!僕は大学で法律を学んだが、少なくとも日本の法律にそんな変てこな決まりごとはなかったぞ」
「そうですけどでも」
 にわかに、探偵の手のひらに力が入ったことで、美由紀は続く言葉をさらわれた。
 もう、何を言っていいのか、何を考えるべきなのか、何を考えたかったのかさえ、意識から遠ざかってしまう。
 己の気持ちを表す言葉が見つからない欠落感は、すでに美由紀にはなかった。
 その代わりに満ちているのは、手のひらから伝わる探偵の存在と、その存在感の心地よさ。あまりの心地よさに、美由紀はどんな顔をしたらいいのか困ってしまうくらいだった。
「悩んだって無駄だよ女学生君」
「無駄、でしょうか」
 美由紀を見た探偵は、口の端だけで笑った。
「体裁のいい言葉や小理屈をうだうだと考えたり並べたりして上手くことを運ぶのは、変態か小説家か京極くらいのものだ」
 そう言うと、探偵は爪先で、地面で溜まっていた落ち葉を蹴飛ばした。その葉を、並木道を通る風がまたさらっていく。
「だから僕らは、こうしている方がいい」
 言葉や理屈がさらわれていく。
 美由紀に残ったのは、手のひらの探偵だけだった。

「そういうことを、考えに来たんですか?」
 ここに、この人は。
 私と同じように。

 よく考えて発言したわけではない。ただの思い付きを口にした。
 見上げると、探偵は口を尖らせて、悪戯が不発に終わって拗ねてしまった子供のような、そんな顔をしていた。
「だから、悩んだって無駄なのだ」
 そうですね。美由紀はそう言って、右手の指に力を込めた。
 無数の落ち葉を敷きこんだ並木道は、二人の前にまだ続いている。




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キリ番500 
ヨモギノさまに捧げます。

リクエストは
「秋の並木道を歩く探偵と女学生」

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