年がら年中失恋を繰り返し、その度にそれなりに落ち込む素振りを見せながら、新しい恋人の噂が絶えることはない。そういう一学年上先輩であり友人である男を、中禅寺は正しく呆れたものだと思うし、少しだけ心配にもなる。
校門までのたった数分という貴重な時間を費やしてしまうにはもったいないと思ったけれど、「キングの恋人」については千鶴子が関心を持っている話題のひとつだったから、中禅寺は仕方なしに口に出した。
「昨日の十時過ぎにさ、榎木津がまたやってきて」
千鶴子ははいはいと軽いノリで相槌を打つ。
その素行から学校の帝王、キング、などと言われる榎木津と、中禅寺は高等部に進級して以来の友人で、千鶴子は中禅寺を介して知り合っていた。
「顔見た瞬間からぼろぼろと泣き出して」
「あらら」
ここまで言えば、いつものパターンだから千鶴子にももう内容はわかってしまう。濃い睫に縁取られた大きな瞳に好奇心を光らせる。
「この間の実習生?」
「いや、それは随分前に切れてる。今回のは去年の準ミス」
「ああ」
去年のミスコン優勝者だった千鶴子は、準優勝者の姿を覚えていたらしく、さらには都内の有名私大に進学しているという情報まで語った。
「明るくて、可愛い雰囲気の人だったような。榎木津さん好みの」
どういうのが榎木津の好みかなど中禅寺は少しも関心がなかったから考えたこともないが、言われてみればこれまで交際をした女性は皆、ノリがよくて積極的な性格だったかもしれない。余程体力がなければあの変わり者を恋人にしてみようなどと思わないのだから、好みとは違う話という可能性もあったが。
千鶴子は小さく厚みのある唇を隠してふふと笑った。
「かっこよすぎるというのも考え物ね」
「あいつの女難についてはだいたいが自業自得だよ」
つい皮肉が出たのは、千鶴子の言葉に本の僅か感情が逆立ったからだった。
それを自覚して気まずいのを悟られまいと、わざと千鶴子の横顔に目を向けた。額から鼻と顎の曲線を見た刹那の間ぼんやりとして、襟元から覗いた細い金色の鎖を見つけて我に返る。我に返っても、血が熱くなるのは抑えられない。
そっと正面を向き直した視界の端で、おもむろに淡いベージュのカーディガンから伸びた繊細な作りの手が動くのが見えた。その白い指と卵のような爪が、首の金鎖をするりと撫でて、絡める。
女って怖い、と中禅寺は思った。
「嫌いじゃないって言われるくらいなら、まだ嫌いって想ってもらいたい」
「何、それ」
「女心。キングが号泣する原因」
その声音はしっとりとして、梅雨時期に相応しい感触があった。
失恋の敗因が女心の無理解であるというのは世の常じゃないかと、それはたかだか十数年しか生きていない中禅寺だってわかる。わかるが、
千鶴子の言っていることは、なんだかわからなかった。
「・・・僕は嫌われたくない」
千鶴子が振り向くのに、目を合わせることはしなかった。
そうして中禅寺は確信する。失恋はしていなくても、敗因はいつも女心の無理解だ。
千鶴子はそれは楽しそうに、大きな目を細くして笑った。
「好きよ」
言ったじゃない。
さらさらと指先で弄ばれる金鎖の先で、クリスマスツリーの天辺がちかりと光るのを見る。
中禅寺はほのかに苦い溜息を吐き出しながら、ご褒美のように甘い声を、鼓膜にゆっくりと溶かした。
***
前回学パロの続きのような。
榎さんについても書きます。
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