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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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(1)の続き。


 探偵は何も言わぬまま美由紀の手から羊羹の紙袋を奪うと、すたすたと坂を上った。身長も違えば足の長さも違うから、美由紀は少しだけ歩を速めてそれに続く。
「あの、荷物」
「千葉の女学生がこんな辺鄙な所で何をしているんだい?」
 礼も言わせてもらえないマイペースぶりだ。
 そういえば・・・そういう人だった。
 美由紀は「この春」の記憶を呼び起こした。
「拝み屋さんを訪ねてきたんです。あれから東京に越してきたので、御挨拶に」
「ふうん。引っ越したの」
「ええ、学校がなくなっちゃいましたから」
「へーえ」
 特に興味のなさそうな口振りである。
「学校はどこ?」
「日本橋です」
「ああ!」
 はいはいあそこね、と探偵は幾度か大きく頷いた。
「近所じゃないか」
 意外な返答に、美由紀は近所、と鸚鵡返しにした。
「僕の家は神田だ」
 帽子の鍔から、面白いものを発見した子供のように光る瞳を見せた。
 笑い方はやたら懐こいし皮膚の質感も若いのだが、どこか人を圧倒するような若者には似つかわしくない空気がある。いつだか親しく話していた体の大きな刑事は三十代半ばといったところだったから、こう見えて三十路を過ぎているのだろうか。
 以前会った時には変てこな恰好をしていた記憶があるが、今日は至ってシンプルだ。仕立てのよいパナマ帽に、白いシャツの裾はズボンから出ている。一方でベージュの綿のズボンにはきちんとアイロンがかけられていて、着崩してはいるが、どこかこなれたところがあった。
 美由紀は探偵の端正な横顔をそっと眺めながら、その突如現れた奇人に思いを巡らせた。
 奇人は何故か少し楽しそうに喋り続ける。
「今度寄りなさい。お茶くらい出してあげよう。ああそうだ、この間うちの変態助手が、客の人から菓子をもらってきたのだ。君はクッキーは好き?」
「へ?ええ、はい」
「僕は大嫌いだ。いらないから君に全部あげよう」
「…は、い?」
 変だ。
 今度寄れ、というのは、彼の自宅に遊びに来いということなのだろう。それについての美由紀の返答はすっ飛ばし、探偵が尋ねてきたことはクッキーの好き嫌いである。
 特に不満はないけれど――変だ。

 初対面は、あの会議室だ。
 あの、緊迫した状況の中でだって、この男の言動はいちいちおかしかった。どこがどうおかしいのかあげつらうのが面倒なほどに、すべてが完全に変だった。
 そうして、とても正しかったのだ。この人だけは、すべて、美由紀の恐れや動揺も含めて、わかっているようだった。
 探偵の言う変態助手というのは心当たりがあった。切れ長の目をした、若い気安い男。変態かどうかは知らないが、確か名前は益山と言った。探偵がクッキーを嫌うというのも、覚えのある話題だった。殺人事件が連続する学校の重役が集まり緊張した空気の中で、ただ一人微塵も緊迫感のない男が、僕はクッキーが嫌いだ、と喚いていたのだ。

 そうだ、そういうことがあったのだ。

 そうして、その後。
 そうだ、そうだった。

 不毛な言葉が飛び交った会議室のワンシーン。
 そのすぐ後だったのだ。

 小夜子が。

「ねえ。女学生君」

 唐突な呼びかけに、美由紀は意識を上昇させた。
 視界に、ぐんぐんと色がつく。
 急勾配の坂道。坂を縁取るコンクリートの壁。壁の上には黒の瓦屋根。
 隣を向けば、探偵が、真摯な瞳で美由紀を見ていた。
 きゅと引き結ばれた唇と眉が、僅かに表情を険しくさせている。
 なぜか怒られているような気持ちになって、美由紀は目を逸らした。
「女学生君。おやつを食べに行こう」
 思いのほか優しげな声に、もう一度探偵を見る。
 人形のような顔が、ふわりと微笑んでいた。そのこめかみから、一筋汗が伝う。
 それを見た途端、何故だか、ほっとした。   
 
 探偵の言うままに踵を返してしまったのは、やはりまだ目的地への訪問について気乗りしないところがあったからだ。
 二人で歩く道中は、ひとりで歩いていた時の緊張感が嘘みたいに間が抜けていた。探偵は幼稚な言葉でとりとめのないことを話し続け、美由紀の言うことなど聞いているのかいないのか判じづらい会話だったのだが、不快には思わなかった。蒸し暑くて、探偵について行くには早足で歩き続けなければならなくて、込み入ったことを考える暇などなかった。
 どこへ行くのかと尋ねても、はしゃいだ子供のように無意味な返事しかもらえず、結局行き先も知らされぬまま歩き続けた。気づけば、中野駅前まで逆戻りである。
 探偵は日本人離れした長い脚で速度を緩めず歩き続け、やがて大通りに面した大きなガラス張りの扉の前でぴたりと止まった。少し前を歩く探偵の背にぶつかる寸でで、美由紀も脚を止める。
 ガラスの艶も真新しい、いかにも今時というカフェだった。行きに一度目にしていて、勝浦にはなかった意匠の店に僅かながら感嘆したのだ。
「・・・東京の人は、こういう所、よく行かれるんですか」
「行かれる人は行かれるだろう。僕は初めて入った」
「初めて?」
 初めてなのに、まっすぐにこの店に向かっていたのか。
 探偵は躊躇うことなくガラス扉を押し開けた。すぐ様、紺色のワンピースに白いエプロンをつけた女給が「いらっしゃいませ」と声をかける。
 探偵がへらりと笑いかけると、女給は張り付けていた笑い顔を剥がした。俯きがちに、手であいている席を示す。
「わははは何だ、女給の人は可愛いし音楽も悪くない。なかなかセンスのいい店じゃあないか」
 そう言ってきょろきょろと店内を見渡しながら、探偵は窓際の空いている席にどっかりとかけた。声も態度もでかい上に、初対面の女性をあっと言う間に誘惑するほどの容姿だから、何だか目立っている。
 店は土曜ということもあってか、ほとんど満席だった。しかし、客を見渡せば、子供も家族連れもおらず、ひとりで過ごす人や夫婦が多い。人の多さに比べれば静かだ。
 音の絞られた音楽は空気にとけ込んでいる。美由紀には音楽のジャンルなどわからないのだが、弦楽器のリズムは嫌いではない。
 美由紀はいろいろと腑に落ちないまでも、洒落た内装の店に少しだけわくわくするのを感じながら、探偵の向かいに腰をかけた。ガラス窓にかかる庇ごしに、通りを行く人の影が見える。
「知っていて入ったんじゃないんですか」
「君は知っていただろう。あっ、ほらプディングもある!」
 知っていた?
 確かに行きには見かけたが、入ったことはないから、正確に言えば知らないということになるだろう。
 探偵はテーブルに立てかけてあったメニューを開いて、餡蜜もあるのかこのケーキはぼそぼそしているのかななどと言っている。
 美由紀が言葉を捜していると、探偵は突然顔を上げた。
「何をぼんやりしているのだ。神の恵みだぞ!好きなものを食べなさい」
「・・・はい」
 神?
 何だか完全に、探偵のペースに呑まれている。抜け出す術は見つからないし、抜け出す意味もそれほどないだろう。美由紀はあれこれと考えることをやめて、聞き慣れないが魅力的な単語が並ぶ紙切れを眺めた。

 淡い黄色の、冷たくてつるりとした舌触りの菓子、それを美由紀は過去にも一度食べたことがあったのだが、その時に食べたものよりも美味しいように思えた。菓子はプディングと言う名であるらしい。
 美由紀がメニューを眺めている間、探偵はプディングプディングと妙な節を付けながら口にしていて、つられるようにしてそれを頼んでしまった。探偵は子供のような集中力と子供レベルの作法であっと言う間にプディングを平らげると、ふうと息をつきながらアイス珈琲をごくごくと飲んだ。腹を壊さないのかと心配になるような勢いだ。
 美由紀は視線を感じ、匙を動かす手を止めた。
 探偵は鷹揚に足を組み背もたれに肘をかけた尊大なポーズなのだが、表情だけは穏やかなものに見えた。
「美味しい?」
「はい」
「よろしい!」
 わはは、と探偵が楽しそうに笑う。
 そんなに楽しそうにされると、困ってしまう。どんな顔をしていいのかわからない。何を言ってどうしたらいいのかわからない。
 自分も笑えばいいのだろうか。試しにははと笑ってみると、自分でも情けなくなるほどに作りものの笑い方だった。
 楽しいシチュエーションの楽しみ方を、美由紀はうまく思い出せない。考えてみれば、ここ最近楽しそうな人たちの中に入った覚えがなかった。学校の少女達の華やいだ声に、美由紀の声が混じることはない。決して混ざりたくないのではない。混ざれないのだ。
 探偵は、美由紀の逡巡などに微塵の興味もないのだろう。あらぬ方向を向いている。女給でも眺めているのかもしれない。
 何かを諦めた気分で美由紀は一口分掬ってそのままにしていたプディングを口に入れた。ふわりと口の中が甘い。美味しい。楽しいとは違うかもしれないが、それなりに心は上昇している。
「可愛いのにねえ」
 もったいない。
 唐突に、探偵はそう言った。きりりと整った眉から力を抜き、哀れみを滲ませている。
「君はちょっとも笑わないんだな」
 それまでの躁染みた陽気な口調とは違う、落ち着いた深い低音が、美由紀の心に突き刺さった。
「御免なさい」
 唐突な喉の渇きを感じながら、ようやくそれだけ口にした。
 探偵は不思議そうに首を傾げた。どうして謝られているのかわからないのだろう。
 美由紀自身も、何故謝ったのかはっきりとしない。
 とにかく、申し訳ないと思ったのだ。
「謝ることはないぞ。可笑しくないから笑わないんだろう?」
 それはそうなのだが。
「それとも、君は笑えないビョーキなのか。笑うと口内炎が痛いとか」
「ち、違います」
「ううん、わかった!僕に遠慮して大口開けて笑えないとかそういうことかい?」
「そ、そういうんじゃないです」
 探偵は面白くなさそうに胸の前で腕を組み、あげく踏ん反り返って唸った。
「じゃあ、君は何に遠慮しているんだ」
 ――桜は遠慮無く咲きまくっているじゃないか。
 続けざまの探偵の言葉に、美由紀は目を見開いた。
「そんなに目を開けると落っこどすよ、目玉」
 言われて、素直に幾度か瞬きをする。
 桜。
「桜って、何のことです?」
「春になると花が沢山咲く木だよ」
「それは知っています」
 探偵が言った、遠慮無く咲く桜とは、どの桜のことだ。
 何を言っている。
 今は7月だ。桜の季節はとっくに終わった。
 しかし、探偵が桜と口にした瞬間に、美由紀には頭に浮かんだ光景があった。

 墓石を覆うように咲く、桜の古木。見上げた時の、青い空から降り注ぐような、視界をすべて隠そうとするような、桜の花。

 引っ越しの前日である。よく晴れた、乾いた風が吹く日だった。美由紀は、小夜子が眠る墓所へ行ったのだ。
 親友の墓の上を、大きな桜が咲き狂っていた。


(3)

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