絶頂に達し未だ痙攣するところにそっと指を当てれば、びくりと細い腰が浮いた。そこは彼女自身が滴らせたものとも己の唾液とも思える熱い水が十分に満ちていて、雫が指を伝う。
口元を拭った手を見れば、ベッドライトの灯りにてらてらと光った。
白雪姫のキス、ねぇ。
すっかり熱っぽい思考の片隅に、ふと昼間美由紀と交わした映画の話が浮かんだ。
何年か前に輸入されたアニメ映画が浅草で再上映されていて、美由紀はそれを友人と観てきたのだという。
母親に毒林檎を食べさせられて死んだ姫君は、通りすがりの王子が接吻をして息を吹き返す。
欧羅巴の昔話が原作なのだという。日本でも、誰かが翻訳して出版していたはずだ。
榎木津は日本初上映時に観ていたし、彼女の視覚的記憶も視えるから、彼女が語る感想や意見についてはよくわかった。ここがすごいこれがよかったという概ね好印象の感想だったが、オチの部分だけ、彼女は首をかしげた。
王子はどうして白雪姫に接吻ができたのか。毒林檎を口にした唇に。
似たようなものだな。
榎木津はぺろりと自身の唇を舐めた。
ほの暗い室内に微かに聞こえるのは、か細い呼吸音、小さな踵がシーツを擦る音。
枕元に投げ出された手首の細さが気になって、包み込むように握り締めた。
すると、黒い瞳がゆっくりと瞬いて、ライトの橙の灯りを点しながら見詰め返してくる。日頃の気の強い眼差しも、こういう時は決まって、儚く揺れている。
榎木津はそれを見る度、自分をシンプルに捉えることができた。探偵でも神でもなくて、超能力者でもなくて、誰かを信じたり愛したりできる、とても単純な存在だった。
頭が真っ白になるくらい、目の前の女が愛しくて仕方ない。
「気持ちよかったかい。お姫様」
素直な答えがもらえないのはわかっているし、答えは既に知っているが、言わせたくなるのはくだらないサガだ。くだらないが、抗う気はない。
美由紀は目の縁に涙を湛えながら、何ですよお姫様って、と弱々しく呟いた。
その、彼女の唇が血の色を濃くしていたからだったのか。それともただ、愛しくて――
榎木津は思わず、それへ喰らいついた。
絡む舌をさらに絡めとって、熱に侵されるまま身体が望むまま、歯がぶつかるほど深く、深く。
舌を引く隙も与えない。美由紀の指が榎木津の後ろ髪に差し込まれ、拒むように強請るように髪を引いた。口内を深く抉れば、苦しげに呻いて身を捩る。浮いた背に腕を回しきつく抱き締めて、まだ口付けは止めない。
また、頭の中が、目の奥が白くなる。酸素が足りないのか、情欲のせいなのかわからない。
どうしようもなかった。舌が痺れるまで続けて、それでも足りないことがわかってやっと、口を離した。
全然、吐き散らかし足りないのだ。
咽るくらいに沸き起こる愛情を、すべて彼女に注ぎ込みたい。
美由紀は胸を上下させながら、顰め面で榎木津を睨んだ。目だけは表情に似合わず、涙で蕩けて熱を帯びている。
「な、に…急に…こんな、激しく…しなくても」
榎木津自身も、僅かに呼吸を乱していた。
飢餓感ばかりが募った。呼吸をしているのに、息苦しい。
「…もお決めた。今日ぉは思い切りやる。決めた!」
「・・・はあ?」
どうして毒の唇に口付けしたのかって、似たようなものじゃないか。
互いの肌や肉を食み、舐めとって、溢れて流れる熱い潤みを何度も味わった口を、また二人で重ねて唾液を交わす。
毒林檎味の接吻は、きっとこれくらい美味しい。
「お姫様、いれるよ?」
美由紀は呼びかけに不可解そうな顔を見せたが、榎木津はにやりと笑っただけで、身体の位置をずらした。
柔らかな暗がりに自身の熱いものを宛がえば、そこは吸い付くように濡れていて、また目の前が白くなる。
湧き上がる。吐き出したくて、息苦しい。
微かな水音とともにゆっくりと貫くと、美由紀は高く、しかし慎ましい声で啼いた。
逃げる細い腰を、容赦なく追った。刺激が強いのか、常より鋭い声が揺する度にあがる。それが恥ずかしいのだろう、すぐに手の甲で口を塞いでしまう。
足りないのだ。注ぎ足りない。言葉ではだめだ。言葉になることは、ほんの一部分に過ぎない。どんなに喚き散らしても、今の自分にはきっと足りないだろう。
榎木津は美由紀の口を塞ぐ手を奪った。
美由紀の目が丸くなり、すぐに、不安そうに睫が震える。
構わずに、口付けた。深く深く。重なるところのすべてから、注ぎ込む。
毒入り林檎は、特別に美味しそうに見えたのだ。素敵な、甘い、いい匂いがした。
王子は誘惑に抗えなかったし、毒にあたれば、もう。
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