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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★探偵×女学生君
邪魅のネタバレ、略して邪魅バレしてます。
名づけて、邪魅の始末シリーズ①(センスが・・・)
 


 
 地上3階の窓から見上げてもなお空は高かった。
 秋の水気のない風が、薄い雲を流して行く。
 美由紀は今日、一ヶ月ぶりに薔薇十字探偵社にやってきた。この探偵事務所に遊びに来るという習慣が済し崩し的にできてからというもの、一ヶ月ものブランクは初めてだった。
 
 来るのがいやだったわけでも、忙しかったわけでもない。
 一ヶ月前、美由紀の寮に電話があったのだ。
「女学生君、一ヵ月後にウチに来なさい」
 静かで優しい声色が、かえってそれ以上の追求を拒むように聞こえた。
 言われてすぐには理解できなかったが、実質的には一ヶ月間の来訪を禁じられるのと同じだった。それを探偵は、一ヵ月後の約束の形に言い換えたのだ。それだけでよしとしなければと思いながら、美由紀は毎日図書館に通い、新聞を読んだ。電話で聞けなかったことのヒントが、そこに書いてある気がした。
仕事、それも部外者を近辺に寄せ付けられないような面倒な仕事を、探偵はしているに違いない。その考えは直感に基づいたものだったが、自信はあった。
 一ヶ月は、美由紀にとって酷くゆっくりと、それでもなんとか過ぎ去った。
 薔薇十字社の探偵によって、ある事件が解決されたと発表されたのは、つい先日のことだ。それは大磯周辺で起きた毒物を使った連続殺人事件で、このところずっと紙面を騒がせていた。美由紀は当然その記事を読んでいたし、新聞に掲載された範囲の情報は頭に入っている。もちろん、その情報が美由紀を満足させることはなかったのだが。
 
 美由紀は外を見るのをやめて、探偵を振り向いた。
 青の横縞柄のシャツに、濃紺のゆったりとした綿のズボンを合わせた探偵は、まるで雑誌や映画ポスターから抜け出した海外の俳優のようだ。いつの間に寝てしまったのか、白い瞼を下ろし栗色の髪を靡かせる様は、たとえ机に両足を乗せ踏ん反り返るだらしないポーズであっても、そういう構図なのだと納得させられるほど絵になっていた。
 以前会った時にも、それはそうだった。青の綿のズボンは見覚えがあるし、もっと珍妙なコスチュームを着ていたとしても、探偵はいつだってそれなりにキマってはいる。
 それでも、美由紀は事務所を訪れてから、ずっと気になっている。
 何か、違う気がするのだ。
 
 探偵が目を開けるのと、女学生君と呼びかけたのがまったく同時だったために、美由紀は思い切り驚いた。
「うわぁっ起きた」
 我ながら可愛げのない悲鳴が出て、少しだけ恥ずかしい。
 色の薄い瞳が美由紀をとらえ、気だるく笑った。
「ふふ、起きるさ。横に可愛い女学生がいる時に寝ていられるものか」
 そう言って、机に乗せていた足を折り曲げ床を打ち鳴らす。タンと軽快な音がした。
 美由紀はばれないようにひとつ深呼吸をして、口を開いた。
「新聞読みました。お仕事、されてたんですね。大磯で」
 できるだけ何気ない口調を装った。
 探偵は微笑みを崩さず答える。
「ちがうよ」
 予想外の答えに、美由紀はえっと声を上げる。
「仕事はナンにもしていない。人捜しをして刑事の話を聞いて魚をたくさん食べただけだ」
「それは、仕事ではないんですか?」
「だからちがうって」
 魚はともかく、人捜しと聞き込みは世間一般で言うところの探偵の仕事らしいけれど、と思ったが、探偵と益田のやり取りを日頃聞いているので、薔薇十字探偵にとっては「ちがう」のだろうと思うことにした。
 美由紀はわざと大きくため息をついた。もちろん、そんなことをしたところで、この探偵が美由紀の心情を汲み取ってくれるなんてことは、爪の先ほども期待していない。ただのあてつけだ。
 探偵は何も言わずに立ち上がり、美由紀の正面を向いてにっこりと笑った。
「そんなことより女学生君。お散歩しようお散歩」
 人懐こく笑う男だ。
 美由紀は、いろいろなことがどうでもいいような気がした。
 
 半歩先を歩く探偵の背中を追っているうちに、美由紀はいつの間にか川沿いの土手を歩いていた。学校はどうだとか、化け猫の映画がおもしろいらしいとか、探偵との取り留めのない会話は楽しかった。あまり楽しくて、この一ヶ月の心配や不満で押しつぶされそうだった自分は、夢だったのではないかとさえ思える。
 日はまだ高く、風は気持ちがよかった。
 探偵の手には、途中で買ったラムネの空き瓶がぶら下がっていて、中のビー球がコツコツと鳴っている。美由紀の瓶にはまだ少し残っていて、歩きながら時々飲んだ。行儀はよくないが、行儀のよいラムネの飲み方を考える方が無粋だと思う。
 その思い付きを探偵に言ってみようと思った。
 探偵さん、と呼びかける。なんだい、と探偵は応えた。
 探偵の顔を見上げると、いつの間にか視線はずっと空に留まっていて、細く絞られた目の縁や金色に透けながら舞う前髪、高い鼻梁の先、伸び上がった首の線だとか、探偵を形作るものに美由紀は目を奪われた。
 口から出たのは、ラムネのことではない。
「探偵さんは目の色が薄いから、今日は眩しくないですか?」
「うん、眩しい。すごく眩しい」
 目を細めているのは眩しいからだったのか。
 記憶を視る時の探偵がよくする表情だったから、美由紀は気付かなかった。よく見てみれば、探偵は眩しそうに眉を顰めている。
 木陰に入ろうと言おうとすると、それより先に探偵が言った。
「綺麗な空だね」
 悲しげに聞こえたのは、きっと気のせいだと美由紀は思った。
 探偵は外見が既にフィクションめいているせいか、日頃のように必要以上にふざけていないと、ロマンチックなものや感傷的なものが妙にはまってしまう。そして美由紀は、そういう抽象的なものを、ほんの少し苦手だと思っている。
 ひとつ息を吐いて、そうですね、と言った。
 探偵に習って、空を見上げた。神保町のビルから見た空より遥かに広く、やたらと青い。心が僅かにざわついた。
 美由紀は何か言いたくなったが、言葉も話題も思いつかない。
 そうしているうちに、探偵は突然立ち止まり川の流れに向き直った。美由紀も足を止めたが、並ぶことはしないで探偵の横顔を眺めた。
「女学生君」
 日を反射する水面も眩しいのだろう、探偵はわずかに目を伏せる。それから、はっきりと言った。
「何か困ったことが起きたら、言いなさいよ」
 意味がわからず、美由紀は気の抜けた声で聞き返す。探偵は弛緩した様子で、ただ立っている。こういう彼の姿も、美由紀には珍しく思えた。
「君は頭がいいし、それに、僕とこうして会っている限りは危なくない。だからもしも、君が僕に会いたくなくなったら」
 危なくなったら、会いに来なさい。
 力の篭らない声で、彼は言った。表情がないのが、かえって悲しげに映った。
「私は探偵さんに・・・会いたくないなんてことはないです」
 会いたい、とは言いづらかった。
 探偵はふふと小さく笑う。
「もちろん。もしも、の話だ」
 もしも、の話自体が、この人には似合わない。
「どうして、そんなこと言うんです?」
「痛い目を見たからだ」
 軽い口調だった。
「助けてって、ひとこと言ってくれたらよかったんだ」
 探偵の声がわずかに大きくなったのに気付いて、美由紀は少し動揺した。探偵の口調は軽快だった。しかしそれでも、彼の内にこもる感情の切実さは、不思議とわかってしまった。美由紀は口を挟まず、探偵の顔を見上げたままでいた。
「黙って隠れているから、助けられなかったのだ。人命も失われてしまった。僕は散々後味の悪い思いをしている。何て迷惑なことだろうね。しかも、こうして君は僕の愚痴を聞かされているのだ。三次災害だな」
 探偵は、美由紀に向けてははと笑った。
 美由紀には探偵がいつの誰の話をしているのか検討もつかない。聞きたい気もしたが、聞けなくてもいいだろうと思った。
三次災害、と美由紀は探偵の言葉を反芻する。自分までも被災者にカウントされたらしいのに、迷惑な気はしなかった。
「自分の力でどうにもならないことがあったら、言いなさい。巷の神頼みがどうだか知らないが、僕のは効く」
 探偵の精悍な視線を、美由紀はゆっくりとかわしてから、一口ラムネを飲んだ。
 結露した雫が、手首を伝った。
 美由紀は思う。どうやら探偵は落ち込んでいるらしい。腹立たしいのか悔しいのか悲しいのか知らないが、とにかく、この上なく嫌なのだ。
 普段あれだけ感情のままに動き回るくせに、と呆れてしまうのと同時に、探偵が可哀想だった。
「わかりました。神保町の神様に、助けてって、言います」
「宜しい」
「榎木津礼二郎さんは、誰に助けてって言うんです?」
 探偵は、途端に口角を下げた。
 ふぅんと唸ってから、しみじみとした調子でいわないねぇと呟く。
「言わないと、ダメです」
「僕は助けがあんまりいらない」
「あんまり、でしょう」
「ほとんどいらない」
「まったく、ではないんですね」
 探偵は珍しく言葉に詰まって、美由紀に首を傾げて見せた。頭ひとつ分身長の違う探偵を、美由紀は首を伸ばして見つめる。
「困ったことがあったら、黙っていないでください」
「君に、僕が、助けてって言うの?」
 探偵は美由紀と自分を次々に指差しながら、納得がいかないと言わんばかりのしかめ面を見せた。
 美由紀は探偵に向けて笑って頷く。
「私だって、後味の悪い思いはしたくないです」
 探偵は一瞬あっけに取られたように表情を失くしてから、ゆっくりと目を細めた。
 それはあまり見たことのない表情で、美由紀はふと宗教画の聖母を思い出した。学校の図書館で見た、子を抱く聖母の微笑みは、友人の苦しみを救えぬ自分のような者にも向けてもらえるのだと、柄にもないことを思った。
 その微笑が示すのは、慈しみ。
 そして美由紀は、自分がとんでもなく不相応なことを言っているような気がした。自分の発言をどうしても取り消したくて、それができないとわかると今度は急激に恥ずかしくなる。
「あ、ごっ、ごめんなさい! その、私に、探偵さんを助けるなんて、大それたことできないんですが。何と言うか、生意気を言ってすみません!」
 美由紀は掌で顔を半分隠してまくし立てた。大人の男の人に、小娘が言っていいようなことではないと思ったのだ。
 自分に助けを求めろだなんて。慈しむこともできないのに。
 当の探偵は、いつの間にか偉そうに腰に両手を当てながら、美由紀の慌しい弁明を聞いていた。美由紀の気が済むのを待つように黙って、探偵はにやぁと笑う。
「なんだか可愛かったり赤くなったり早口だったりしてよくわからないが、とにかく僕は君に助けてもらえばいいんだな」
 僕が助けを求めるなんて、まぁないと思うけど。
 そう言うと、探偵は美由紀の顔を隠していた手をとった。その指に、柔らかな弧を描いた唇を押し当てる。
 ラムネの瓶が、水滴を散らして地面に落ちた。
 
 

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