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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★探偵×女学生
※恋人設定 ※ゆるめ性描写アリ


 大きな寝台に、染み一つない真っ白なシーツ、大皿に盛られた葡萄と梨、無数のレコード、探偵と私。

 


「どれがいいかなぁ」
 探偵は寝台に膝立ちで乗って、レコードを一枚一枚手にとってはぽいぽいと放っていく。
 今日の探偵はすこぶる機嫌がいい。おもちゃをあさる子供そのもの。
 私は探偵に背を向けて寝台に掛けながら、手掴みで梨を齧って、うねるサックスの音に耳を傾ける。
 
 私が探偵社の扉を開けた瞬間から、賑やかな旋律が耳をくすぐった。それは開け放しの探偵の自室からで、覗けば探偵が一人、色とりどりのレコードジャケットを寝台にぶちまけていた。
 聞くと、レコードを片付けているのだッととても四十路と思えない無邪気さで答える。散らかしているの間違いではないかと思ったが、和寅に尋ねれば、棚に収納しきれなくなったレコードを実家の自室に置くつもりで、今は手元に残すレコードの選定作業中、ということだった。いつ終わるか知れたものではない。
 
 指に梨の果汁が垂れて、舌先で嘗めた。和寅が買い物に出る前に出してくれた山盛りの果物は、依頼人からの差し入れだという。熟れた梨は柔らかく、甘い果汁が喉を潤す。
 探偵はレコードを眺めたり蓄音機でかけてみたりしながら、時々手を伸ばして葡萄を摘み取った。彼の日頃の無造作な食べ方を知っているから、私はシーツに染みを作るのではないかと心配になる。しかし探偵を観察すると、葡萄をその薄紅色の唇に含んで、深い赤の果皮を残して器用に食べているようだ。
 ふわりと、葡萄の香りが流れた。
 それと共に、サックスのメロディに不調和に重なった、小さな旋律。
「Come on a my house,my house,  I'm-a gonna give you candy.」
 前奏のハミングと、流暢な英語の歌詞。
 レコードではなく探偵の歌声なのだと気付くのには、少し時間がかかった。
 一枚の白いジャケットのレコードを眺めながら、探偵が歌っている。
 低い小さな声、ワンフレーズを繰り返して、あとは適当な鼻歌。
 何だか聞き覚えのあるメロディだ。それを言うと、探偵はこちらを見ずに答えた。
「うん? ああ、日本人が歌い直して流行ったよ。何年前かなぁ」
「何て言う曲ですか?」
「“Come on a my house”」
 聴く?
 そう言って小首を傾げた彼に、私は一度頷いた。
 
「うちにいらっしゃい?」
 私はレコードをセットする探偵の背中に尋ねた。
「まあ、そう」
 含みを持たせた答え方だった。
 私は追及する気もなく葡萄の一粒を摘んだ。酸っぱい中の渋さと、華やかな甘みが口に広がる。
 やがて、蓄音機からリズミカルな前奏が流れてきた。
「僕なら、そういう風に訳さない」
 探偵の声の向こうに、甘い女性のヴォーカルが聴こえた。
 
Come on-a my house, my house, I'm-a gonna give you
apple and a plum and an apricot or too, ah!
 
 果物の皿を挟んで、探偵は私の横に腰掛けた。
 彼の白い指が、濡れる梨を摘む。
 蓄音機からは、ノリの強いリズムとメロディ。
 
 梨を齧る探偵に尋ねてみた。
「探偵さんなら、何て訳すんです?」
 彼は薄く笑った。
 意訳するなら、
 そう前置きをして、
「うちでいいことしない?」
 だね。
 果汁の滴る指先が、私の唇を撫でた。
 
 冗談半分のキスの後、私の口先1センチで、探偵は言った。
「甘い」
 それはそうだろうと思う。
 甘いと言うなら、もっと食べてくれたらいい。
 
Come on-a my house, my house, I'm-a gonna give you
figs and dates and grapes and a cake, ah!
 
 英語の歌詞など私には聞き取れないけれど、聴いていればわかってしまう。
 きっとこれは、甘い恋の歌だ。
 
 探偵は葡萄の一粒を摘み取ると、そっと私の唇に当てた。
「食べて」
 言われるままに、私は彼の指ごと果実を軽く噛んで、皮から果肉を吸い出す。
 気配をうかがいながら探偵と視線を重ねると、さっきの柔らかな微笑みが嘘のように、射竦めるような瞳で見返された。
 こういう目をする時の彼は、怖いほどに綺麗だ。そして、凶暴に美しい時の彼が何を望むのか、私はすでに知っている。
「僕も食べる」
 葡萄ではないのでしょう。
 聞かずともすぐにわかるから、私は何も言わずに目を閉じた。
 彼が食べるのは、私。
 肉食獣の大きな手が私の頭を掴んで、息の根を止めてくれぬまま、彼は私に齧りついた。
 
 容赦のないキスは、荒々しさに反して甘かった。
「んっ」
 葡萄の果肉と、葡萄の味がする唾液と舌が絡んで、甘さと芳香と快楽が押し寄せる。
 私の髪には探偵の指がきつく絡んでいてはずれない。
「ふ・・・ぅっ」
 唇が重なる角度が変わって彼の舌が葡萄の果肉を盗み、キスは唐突に終わった。
「この葡萄はなかなか美味い」
 濡れた唇で、彼は瞳の奥に沸き立つ熱を露わに、また笑う。
 私をからかって、遊んでいる。悔しいような気はするけれど、決していやではない。
 
「葡萄だけですか?」
「梨も美味しい」
「それだけ?」
「そんなわけがない」
 
Come on-a my house, my house I'm-a gonna give a you
peach and a pear and I love your hair, ah!
 
 彼の長い腕が腰に回りそのまま無理に抱き寄せられたから、私は果物の皿を蹴ってしまった。房からはずれていた葡萄が、ころころとシーツの上を転がる。私はバランスを失くして、彼の肩に倒れこんだ。
野生の獣は、大好物の獲物に飛び掛かる一瞬が、一番美しいのかもしれない。最近、探偵とこういうことをしていると、そんなことを思うのだ。
獲物だけしか視界に入れず、じりじりと距離を詰めて、ひたすらに夢中になる。その姿は綺麗だ。しかし、この大きくてしなやかな獣は野生動物ではないらしいから、獲物を捕らえたとしてもすぐに殺すなんてことはない。
 私が自ら身を投げ出すまで、こうやって――
 耳の後ろ、髪の生え際のあたりを、きつく吸われているようだった。彼は私の髪を噛まないように後ろに引きながら、首筋をたどるように唇を降ろしていく。
 膝立ちにした脚が、今にも震えそうだった。
 過敏すぎる感覚を外に逃すために、静かに息を吐いた。
 ダメなのだ。探偵が私の身体のどこかに触れていると思うだけで、感情よりも思考よりも、身体が反応してしまう。冷水に落とされた角砂糖みたいに、皮膚からゆっくりと溶かされるみたいに――
 
 Come on-a my house, my house, I'm-a gonna give you everything.
 
 軽快に聴こえていたメロディは、今はどこかくすぐったく、妖しい。
 私のブラウスとカーディガンのボタンは、探偵の指先が触れるたびに魔法のようにはずれていく。
 もともと彼は手先が器用なようだけれど、それにしたって人のボタンをはずすのに慣れている。それは決して愉快なことではないが、嫉妬するのはバカバカしい。
 ただ、この人に触れたことのある女性は、私以外にもいるというのを実感するだけのことだ。
 彼は私の鎖骨の辺りに口付けて、たまに軽く吸ったり、啄ばんだりしている。触れられたところから、小さな熱が生まれる。
 ふいに彼が私を見上げた。
「仏頂面も可愛いね」
「仏頂面は可愛くないと思います」
 彼は残りのボタンをはずしながら、はだけて露わになった胸の膨らみを下着の上から撫でていく。ときたま掌に力が入って、そのたびに私は胸の奥から零れ出そうな声を押し殺した。
「女学生君の可愛くないところなんか、僕は知らないよ」
 だから、我慢しなくていいのに。
 胸元にある彼の表情はよく見えないけれど、どうやら笑っているらしかった。
 ブラウスの裾から探偵の手が差し込まれて、背中の素肌を撫でられる。その途端に、何もかもに安心してしまいそうになった。
「探偵さん」
「なぁに?」
「明るいんですが」
「うん、君がよく見えるね」
「――カーテン閉めませんか」
「君が恥じ入る必要がどこにある? こんなに可愛いのに」
「――だいたいレコードを散らかしすぎです」
「んん? 大丈夫だよ」
 
 Come on-a my house, my house, I'm-a gonna give you
everything, everything, everything.
 
 何が大丈夫なもんか。
 そう思ったけれど、ブラウスと下着を肩から抜かれたら少し肌寒くて、早く、もっとちゃんと抱きしめて、この人の体温が欲しくなって、私は結局、この人に私のすべてを捧げてみたくなってしまった。
 


「五感」5題 04.味覚
『BLUE TEARS』

 

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