忍者ブログ
京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
| Admin | Write | Comment |
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新CM
[07/17 ミエ原]
[09/30 SHIRo]
[09/23 まりも]
[07/18 まりも(marimo65)]
[06/15 まりも(marimo65)]
プロフィール
HN:
行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
バーコード
ブログ内検索
P R
カウンター
アクセス解析
フリーエリア
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

キリ番:5000 リクエストv
注)次世代ネタです。



 京極堂の主は挨拶をした私を見上げると、君まで来たのかと頗る無愛想な口調で言った。
 彼をよく知らぬ客が聞けば吃驚して辞去しそうな台詞だが、彼の嫌味を何年も聴き続けている私はそれが挨拶であることを承知している。
 君までという言い方になったのは、先に客人がいたからだ。
 座卓の庭側の半分は、画用紙や色鉛筆、クレヨンに水彩絵の具と、画材が節操無しに散らばっており、そこでは痩せた少年が忙しくなく小さな手を動かしていた。私の声に反応して、彼の黒い頭がぴょこっと上がる。
 
()和子(わこ)!」
 
 黒曜石が陽をはね返すような大きな瞳が私を捕らえ、にっこりと細められた。
 その笑い方は本当に“そっくり”でほんの僅か胸が騒ぐけれど、そんなことは後回しでいい。私は座敷の主に断ることなしに、彼の隣に座布団を敷いた。
 
「ここは夏休み専用の託児所じゃあないと何度言えばわかるんだろうね」
「言うと思った」
「僕も思った!」
 子供二人に言い返されても、中禅寺の視線は本からそらされない。いつものことだから驚かないが、これで周りの話は耳に入っていて、しかも的確なポイントで突っ込みを入れたりするから、正直に凄いと思う。父に言わせれば、これも書痴という病の合併症であるらしいのだが。
「君達も君達の保護者も、何度僕が文句を言っても改めないじゃないか」
「お父さんの健忘症なら京極堂だって知っているじゃない」
 京極堂とは中禅寺が経営する古書店の名で、そのまま店主の呼称となっている。はるかに年長者である彼を私が呼称で呼び捨てにするのは、彼の旧友である私の父に倣ったからだ。
 京極堂は私の返答に、この日初めて愉快そうに笑った。この人は父の悪口や父に関する愚痴を言うと、決まって機嫌がよくなる。
 京極堂はやっと本を置き、懐から煙草を取り出し火をつけた。
「それで、今日は何だい?古典か、化学か」
 そう言いながら座卓に額がくっつきそうな程に熱心に絵を描いている少年をふと眺め、彼に煙が行かぬように手で払う。
「今日は、作文」
 少しだけ後ろめたいような気持ちを含んで口にすると、京極堂は思った通り呆れたような顔をした。
「作文だって?それなら君の父親が適任じゃないか」
 それから、シニカルな笑い方をした。
「そんなこと、ちょっとも思っていないくせに」
 京極堂は皮肉屋だ。いやなジジイなのだ。でも、私の父が何十年もの間、彼と親交を結ぶ気持ちはわかる。
 京極堂はくくっと笑うと、よっと言って立ち上がった。次に座敷に戻る時は、きっと出涸らしの茶でも持っているのだろう。
 
 結局予想は外れて、京極堂は彼の奥さんが作り置きしたという冷えた麦茶を三人分持ってきた。
 座卓のほとんど半分を陣取り絵を描く少年は、黄金色に結露したグラスを見つけると、小さな手でがっしと掴んでそれを一気に半分飲んだ。はあと満足そうに息を吐いて、それから律儀そうに京極堂に礼を言う。この少年のこういうところは母親譲りだ。
「今日は一人なのね」
 話しかけると、彼は何故か少し面白くなさそうな顔でこくりと頷いた。
 日焼けした細い腕に敷かれた画用紙には、この家で飼われている老猫らしい絵が描かれている。線自体は拙いのに、配色や丸くなって眠る仕草がやけに写実的だ。つまりは、上手い。
「学校に行ったよ、お母さん」
 彼の母親は中学教師だ。もちろん学校は夏休み中だが、生徒と違って教師は出勤することも多いだろう。
「お父さんは?」
「知らない。ジムショで寝てるんじゃない?」
 彼の父親は神田で探偵社を構えている。常識的な奥様とは正反対の、エキセントリックな思考と子供のような気ままさを持った人物で、幼い息子が父親の動向を掴めないというのも無理がない気がした。
「榎木津なら後で来るよ。沙和子が来る前に美由紀君から電話があってね、少し遅くなるから榎木津に迎えに来させると言っていた」
 そう言って、京極堂は何故か私に向かって思わせ振りな笑い方をして見せた。私は恥ずかしくなって、すぐに顔をそむける。すると、父親そっくりの秀麗な作りをした少年が、じいっと私を見詰めるのと目が合った。
 現在九歳の彼は、長じるほどに彼の父親に似てくる気がする。だから、私はここ最近、このまだ幼い少年の顔を見詰めることが苦手だ。うっかりしたら赤面してしまいそうで気が気じゃない。
 彼は女の子のように品のいい口元をへの字にして、はっきりと不貞腐れていた。
「おむかえなんかいらない。僕は一人で帰れる。そうだ、沙和子をおくってく!」
 お父さんはいいよ、来ないで。
 この少年はいつの頃からか、自分の父親のことをよく言わなくなってしまった。原因のひとつには私のことがあげられるらしい。
 
 わかっている。
 幼い、拙い、恋愛だなんて言えない、完全じゃない、未熟な、ありがちな、お約束の――それでも大事な、初恋を私はしているのだ。
 この子の父親に。
 
「それはつまり沙和子が君を送っていくってことだな」
「違うよ京極さん。僕は男で、結構強いぞ。か弱い沙和子をサル先生の所へ送っていくのは当たり前じゃないか」
「あのなぁ、君は小さな男の子で、結構強いのは小学校の中でだけだ。沙和子は確かに女の子だが、君より五つも年上だ。一見雪絵さん似のしっかり者でも実のところ内面は関口に近いから惚けているが、まあそれでも君よりは経験もあるし知識もある。君が沙和子を送るなんていうのは、大負けに負けて五年は早いよ。大人しく父君を待つんだね」
 九歳の子供相手にすらすらと嫌味を垂れ流し、直接的に会話に参加していなかった私にまで御丁寧な皮肉を述べてから、京極堂は最後に私をちらりと見た。
「君も帰りは夕方でいいんだろう?ついでに榎木津に送ってもらいなさい」
 君を見て躁になった榎木津の相手をしてもいいならね。
 少年と中年の、どちらもそれなりに鋭い眼差しに圧倒され、私はせいぜい困った顔をして頷くしかできない。
「五年だな?」
「え?」
 少年が、画用紙の上に日焼けした小さな手を広げて、上目遣いに迫った。彼の言う五年の意味に咄嗟に気付けなくて、私は首を傾げる。
「五年、だから、僕は十四歳だ。今の沙和子と同じ歳だな。沙和子は十九歳になっているのか」
「うん」
 当たり前の足し算である。しかし、少年の目や声にはやけに迫力があった。
「見てろよ、沙和子も京極さんも。それまでに僕はうんと強くなるし、沙和子なんて見下ろすくらいに身長が伸びるんだからな。そうしたら」
 暗くなったら迎えに行ってやる。
 沙和子が泣いた時は慰めてやる。
 沙和子が望むなら、女学生君って、呼んでやってもいいんだから。
 
 私は、少年の、宝石のほうな瞳を、見蕩れるようにして見つめた。
 そこにあるものしか映さない、黒い鏡のような瞳である。父親の性質を継がぬ、平和な瞳だと誰かが言った。
 それでも、似ていると思う。
 心を見透かされる恐ろしさ、裏表の喜び。
 
 少し前まで、私は女学生になるのを楽しみにしていた。
 初めて私の制服姿を目にしたその人は言った。 
「やあ、こうして見るとサル子もすっかり女学生さんだね」
 秀麗な笑い皺を刻んで、彼はいつものように笑った。
 
 女学生、と呼んでくれるかもしれない。
 彼が自分の妻を呼ぶ愛称を、私に、たったの一度でいいから。
 
 今思えば、熱にやられたような願望だ。冷静ではない。そんな願望が叶ったとして、それでなんだと言うのか。
 
 そして――
 彼の幼い息子は、私の愚かな願望を見抜いて、笑わず、哀れまず、そのままそれとして、ただ口にする。
 
「呼ばなくってもいいわ」
 思ったよりも強がったような言い方になったことが情けなかった。少年は私の返答に、大きな瞳を丸くした。
「どうして?だって、ほんとに僕の“女学生君”は沙和子だけなんだ」
 座卓に置かれた両の掌に力を入れて、私にぐいっとその顔を近付ける。
 血色のいいフランス人形のような顔の唐突な接近に、私は思わず後ずさる。
 何と言う台詞を言うのだろう。この小学生は。
 中学生になったって、こんな台詞を言う男子生徒はいない。
 低い笑い声が耳に入って反射的にそちらを向くと、京極堂が笑っていた。顔は本を読む角度のままで、我慢ならないというように肩を震わせている。
「い、厭な感じ!」
 思わず京極堂を睨みつけるが、それよりも照れ臭くてうまくいかない。京極堂はちらりと私を見てから、まだ笑いが収まらない様子でにやにやとした。悪い悪いと言っているが、微塵も自分が悪いとは思っていないに違いない。元凶である少年は周りの反応の意味がわからないようできょとんとしながら、京極堂と私を交互に見ていた。
 
 *
 
 五時を過ぎ空に橙色が混じる頃、友人の探偵が息子を迎えにやってきた。
「やあ待たせたね!馬鹿息子はいるかい?」
 自分の登場を必要以上の声量で宣言し、座敷を見渡す。いくら歳をとろうと、結婚して家族ができても、この派手な男の登場シーンは変わらない。
「わははははいるじゃないか馬鹿め!」
 成長するにつれて父を倦厭するようになった彼の息子は、指をさされて理不尽な大笑いをされても、今は小さい体を小動物のように小さく丸めて眠っていた。この騒音にも眉ひとつ動かさずにすやすやと寝入っているのだから、余程日頃から鍛えられているのだろう。または、血は争えないということか。
「騒々しいなあ。子供が増えたみたいじゃないか」
 皮肉を言わずにいられないが、もちろん気にする男ではない。今度は息子の隣に座ってぼんやりと自分を見上げる少女に視線を向けた。
「ん?おお、確かに子供が増えている!でもこれは僕のじゃなぁい!」
「え、榎さん、こんにちは」
 普段は落ち着いて振る舞う少女は、この探偵の前でだけは父親そっくりに挙動不審になる。呼び方もその父親に倣っているから、どこかで見た景色などと考えてしまう。
 榎木津は紳士然とした美貌を子供っぽく崩し、少女に満面の笑みを向けた。
「やあサル子!相変わらず小さくて可愛いねえ」
 少女は恥じらうように俯いて、もう小さくないですと呟いた。榎木津が来る前までの態度とはえらい違いである。
「さて、帰るぞ!サル子!君も送ってあげよう。今日は車なのだ」
「なんだ珍しいな」
「今日の僕は運転手なのだ。こいつを拾ったら次はオクさんを拾って帰る」
 そう言って、眠る息子をひょいと抱えあげた。そのまま胸の中にすっぽりと収めても、少年は僅かに眉を動かす程度で目を開けない。眠っているのに、細い腕を上げて父親の首に掴まる様子が微笑ましかった。
「どこででも寝るのはあんた似だな」
「僕はこんな間抜けな寝顔はしないぞ」
 口は悪いが、息子に向けた眼差しには、この世間の父親像から離れた男が父親であるのだと納得させるものがあった。実際には寝顔だけ見たらそっくりを通り越して生き写しであるが、当人はそうは思わないものなのか。
 榎木津は少年を一度抱え直すと、何か思いついたようにくるりと沙和子を振り返った。
「そうだ、サル子はこいつの起こし方を知ってるかい?」
 話を降られた少女は、少し頬を赤くした顔を横に振った。
「なんだ、知らないのか」
 それから、息子を抱っこしながら器用に少女の耳に顔を寄せた。こそこそと何か呟くと、少女は可笑しそうに笑った。
「それだけ?」
「それだけだ!」
 少女はにっこりと笑って、父親の腕の中でぐっすりと眠りこける少年に顔を寄せた。
 
「起きて、智美(さとみ)ちゃん!」
 
 まるで目覚めの呪文のように、少年は大きな瞳をぱちっと開いた。
数秒の間、寝惚けてぼんやりと少女の顔を見詰めていたが、徐々に頬が膨らんでくる。
「沙和子!ちゃんはやめろ!」
 寝起きの悪さも父譲りの少年は、抱っこもやめろと喚いて暴れたが、彼の父親が面白がって離そうとしない。完全無欠の少年の弱点に、少女は華やかに笑う。
 暑苦しい、賑やかな夏は、まだ続く。
 
 
  ***

リクエストありがとうございましたvvv

 

拍手

PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[161] [160] [159] [158] [157] [156] [155] [154] [153] [152] [151]

Copyright c バラの葉ひらひら。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By Mako's / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]