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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
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女性
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はじめまして。よろしくどうぞ。

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谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★美由紀(17歳春)


 げほ、ごほ。二度、咳が出た。
 そういえば、私は去年も、ここで同じように咳をしていなかったか。

 胸の奥がざらざらする。そのざらざらを追い出したくて、また咳をしたくなる。
 ごほ。
 制服のリボンの辺りを、ぎゅっと掴む。
 桜の花びらでも吸い込みでもしたかのように、胸が痞える。
 げほ。
 
 私は前のめりに背伸びをするという無理な姿勢を取って、

 その、
 彼女とは似ても似つかぬ
 武骨で硬い黒い墓石の上に、
 降り積もる淡い色をした幾枚もの桜の花びらを、
 
 柄杓で洗ったばかりの水ごと、

 掌で払いのけた。

 水飛沫と、
 無様に湿気た桜の花びらが、
 墓の脇、土に返る。

 げほ。

 私は再び、墓を洗い始めた。
 もとから汚れてなどいない。
 彼女の母が頻繁に来て、掃除をしてくれているのだから。

 私ができることは、
 無限に降り積もる桜を、
 積もるたびに払うだけ。

 また一枚、ほら一枚。
 桜の花が、彼女の墓に降る。
 私は柄杓で水をかけ、いちいちそれらを流し去る。
 傍から見たら、神経質な子供の遊びのように見えるだろう。

 げほ。
 これくらいしか、私にはできない。
 わかってる。これは彼女のためじゃない。私のために、やっている。

 柔らかな髪、白い頬、丸い肩、彼女の一部を思い出せる。
 交わした言葉、共有した景色。
 思い出せるのに、それはどこか、彼女ではないのだ。
 当然だ。それは彼女ではないのだから。
 ただの、記憶だ。

 げほ。ごほ。
 片手は柄杓で水をくみ、片手で口を押さえて咳をした。

 小夜子。

 この間ね、東京の桜、初めて見た、真下から。
 知り合いの人が、
 ああその人はね、小夜子のことを知ってるの。
 ずっと前、あなたを助けようとしてくれてたよ。
 その人が、お花見しようって、誘ってくれてね。
 私ね、ずっと、桜が嫌いなの。
 だってほら、わかるでしょう。
 あなたのお墓に行くたびに、こうして桜が咲いていて、
 満開の桜から降る花びらが、あなたのお墓を隠そうとするみたいでさ。
 だいたい、この桜の、
 遠慮の無さは何なのよ。
 ほら。

 私は、空を見上げた。
 そこには、重苦しい花の錘が、枝からぶら下がっている。

 ほら、何だか息が詰まりそうじゃない。
 でもね、この間見た桜は、そうじゃなかったの。
 半分くらいしか咲いていなくて、
 花はもっと白かった。
 花と枝の隙間から、空が見えてた。
 
 柄杓から、細く細く水を注ぐ。
 絶え間なく落ちる花びらを払う。
 
 げほ。ごほ。

 去年も、私はここで、咳をしていたっけ?
 季節の変わり目だからだと思うけど、
 どうもね、東京に行ってからずっと春になると、
 風邪を引くの。
 
 げほ。
 
 馬鹿だな。馬鹿だわ。

 触れた墓石は冷たかった。濡れたまま柄杓を使い続けた右手も、芯から冷えていた。
 馬鹿だなあ、と、笑ってくれる声が懐かしかった。

 こんなものから桜を払っても、誰も喜びやしない。  

 げほ。げほ。ごほ。
  
 小夜子。
 このお墓はあなたじゃない。あなたはここにいない。確かにいたけれど、もう、どこにもいない。
  
 わかってる、わかってる。

 乱暴に、柄杓を桶の中に戻した。
 備えられたまだ新しい花が、びしょびしょに濡れている。線香にいたっては備える窪みに水が溜まっていた。
 
 はは。
 何だか笑えた。
 声を出したら、また咳が出た。

 わかってるわよ。
 でもね、
 あなたを亡くしたこと、私は今だって、こんなに悲しい。

 

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