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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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★ 探偵×女学生

※ 『おにごっこ恋猫ごっこ~壱回戦~』の後。
※ 性描写アリ。というかそれしかナイ。御注意ください。
※ 非常に残念なできあがりorz とにかく置いときます。










 
 最後に榎木津は、美由紀の濡れた唇の艶を吸ってから口を離した。
 恥ずかしそうに伏せた睫を眺めながら、榎木津は言った。
「――しかしだな女学生」
「・・・はい?」
「ヤだはないだろう、ヤだは。来ないでっていうのもダメだ。最悪だ」
 その口振りはまったくいつもどおりで、口付けの余韻も何もあったものではない。
「やだって、何です?来ないで?」
「それを言っちゃ駄目だということだ!ものっすごい勢いで萎えたぞ」
 美由紀は自分の恋人が何を言っているのかさっぱりわからないのだが、それはいつものことなので、「はあ」と慣れた返事をした。榎木津の方は、美由紀がどうも自分の言っていることを理解していないことを察して、苛立ちを眉間に表す。
「・・・えっと、怒ってるんですか?」
 随分心のこもったキスをしたばかりだと言うのに。美由紀は榎木津の不機嫌に焦るより、純粋に訳がわからない。榎木津は顰め面をそのままに、腕を組んで大袈裟にため息をついた。
「ヤだ?」
 榎木津の問いかけに、美由紀は主語がわからずやだと鸚鵡返しにしてみる。
「君が来ないでって言うなら、僕は行かない。嫌われたくない」
 いやに真摯な眼差しを見て、美由紀はきゅっと心が締め付けられた。
「・・・お気遣い・・・ありがとう、ございます?」
「その疑問系は何なんだ」
 今度は美由紀が不機嫌になる番だった。あんなに甘い口付けを交わしておきながら、どうしてそのすぐ後で苛々とされなければならないのか。玄関先で口論するシチュエーションにも納得がいかないし、鬼ごっこで走り回ったせいで頭に血が上るのも早くなっている。
 美由紀は大きな目できっと榎木津を睨みつけた。
「探偵さんが何言ってんだかわからないんです!」
 榎木津は一瞬表情をなくし、心の底からという調子で馬っ鹿だなあと言って項垂れた。それに、美由紀はとうとう沸点を迎えた。
「もう何なんです何が厭なんです?来ないでなんて言いませんよ!わっけわかんない!」
 口が回るまま、美由紀は言葉を吐き出していた。だからこそ、その言葉は混じりけのない本心でもある。
 榎木津は項垂れていた頭をゆっくりと持ち上げた。向き合ったその顔は、口元いっぱいに笑みを浮かべている。突然の上機嫌に、美由紀は呆れて何も言えない。
「じゃあ、遠慮なく」
 榎木津が突然屈む。
 美由紀の身体がふわりと浮いた。
「えっ」
 榎木津の腕が太腿の後ろと背中に回り、一瞬にして担ぎ上げられていた。慌てた美由紀が脚をばたつかせたが、支える腕が強く締まって封じられる。榎木津の首に腕を回し、ようやく少しだけ落ち着いた。榎木津はよいしょと美由紀を抱え直し、すたすたと歩き出した。
 美由紀は何から訴えていいかわからず幾度か口をぱくぱくとさせた。
「何!何ですか!」
 まさにその一言に尽きた。どうして抱え上げられているのか、この状況が何なのかわからない。
 榎木津は美由紀に構わず、何が可笑しいのかわはははと高笑いをしている。
「どこ行くんです!」
「僕の部屋」
「何で!」
「察しが悪いよ、美由紀君」
 滅多に呼ばれぬ名前が密着した胸を通じてやけに優しく響いて、美由紀は口を噤むしかなかった。
 
  
 部屋の中は淡い橙のベールがかかったような色をしていた。日が暮れる時間はまだ先だが、明るくはない。光源にベッドライトを点けても、美由紀はすでに事情をわかっているから特に何も言わなかった。
 恋人のことを、榎木津はよく猫のようだと思う。
 威嚇するように目を細めて睨むかと思えば、誘うみたいに目を伏せたり、悪戯にじいっと見ていたり、今のように、黒曜石に灯をともしたような瞳で、妖しく見詰めてきたりする。するすると触り心地のよい髪が指を滑るのは、猫の毛皮も同じだ。撫でればどこもかしこも柔らかいし、手足も腹も背もしなやかに反ったり縮んだりする。心地良ければ喉を鳴らし、厭だと思えば噛みつかんばかりに怒る。
 寝台の上の美由紀は、殊更に猫のようだ。そしてそう思う瞬間というのは決まって自分が強く情欲を煽られている時だというのを、榎木津は気付いていない。
 ブラウスとスリップの裾をスカートから引き抜いて、釦もはずさぬまま手を滑り込ませた。肌が常に増してしっとりとしているのは、先に走り回ったせいだろう。張りのある肌の感触を楽しみながら、同時に美由紀の唇を吸う。深く舌を絡ませるうちに、自分の肩を掴んで身体を支える手が微かに震え、さらには喉の奥でなくものだから、余計に夢中になっていく。
 ――まるで猫の喧嘩だ。
 熱でやられかけている頭の片隅でそんなことを思った。猫が噛み付き合うような、そういう接吻を仕掛けながら、逸る自分をからかう。らしくない自分が可笑しくて、やたら楽しい。ハイで愉快な気分は完全に追いかけっこの延長だ。しかしそれと決定的に違うのは、下半身が馬鹿馬鹿しく熱を帯びることと、それと切り離せるようで離せないものらしい純粋な愛情が、己で照れ臭くなるほどに溢れてくることだった。
 美由紀の咥内の敏感な箇所を舌で刺激しながら、たくし上げたスリップの中で手を泳がせる。その身体の一際柔らかな膨らみを、下着の上からわざと手加減をして撫でると、抱き締めていた細い身体が微かに強張った。すぐに布切れの感触が焦れったくなり、背中の下着の留め金を片手で外す。邪魔なものがなくなった背中、胸元へ、掌を這わせた。緩急をつけて乳房を揉みしだくと、美由紀は接吻をやめない口の中に小さな声を零した。
 もったいない。
 そう思って、口を離す。美由紀の唇が、ベッドライトの橙の灯りを反射している。蕩けた瞳に点る光と同じ色だ。
 美由紀の熱い吐息を聞きながら、乳房の頂を指で弄れば、さらに切ないなき声をあげた。 
「可愛い声」
 小さな、遠慮がちな喘ぎ声が、榎木津の身体を疼かせる。その高く掠れた声を引き出したくて、咄嗟に美由紀の首筋に噛み付く。痕を残さぬ程度の力加減で、感じやすい喉や首筋に吸い付き舌で撫でながらも、手は愛撫を止めない。
 美由紀は榎木津の唇や指から齎されている刺激に振り落とされそうで、目の前の肩に縋った。微塵の余裕もない自分と違い、飄々とした調子で釦が多いぞこの服などと文句を言っている榎木津が少し憎らしいと思う。 
 その時。
 微かな物音がしたのを、美由紀は気のせいかと思った。それでも気になり、扉の外に意識を集中させる。
 榎木津は美由紀よりも早く気づいていたのだが、実にどうでもいいことだと思っていた。
 美由紀が、榎木津の肩を押し返す。
 そんな制止には知らん顔をして、榎木津は釦をはずし終えたブラウスの肩と、スリップと下着の紐を一遍に落とした。素肌を外気にさらして身を捩る美由紀を、強い力で抱きしめた。その格好のまま、二人とも何も言わずに、扉の外に耳を傾けた。
 ペタペタという足音が部屋の前を過ぎるのを、はっきりと聞いた。
 美由紀は抱きこまれた腕を伸ばそうとしたが、抱擁はそんな力でふりほどけるものではない。
「バカオロカめ」
 美由紀の頭上で、榎木津が呟いた。
 そのすぐ後で、事務所からうわっという声と、怖がるような呆れているような男の声が聞こえてきた。聞き知った声は確かに益田のものである。先の鬼ごっこで無惨にひっくり返ったソファを見たに違いない。
「何でこんな早く帰ってくるんだ」
 榎木津は美由紀の髪を指で梳きながら、忌々しげにため息をついた。合鍵は没収だなどとぶつぶつと呟いている。
 今日はここまで。美由紀はそう思って、ばれないように小さくため息をついた。頭の芯はぼんやりと痺れている。素肌に榎木津の体温だけを纏う今この時を、掛け替えのないものだと思う。それでも、美由紀は目の奥にたまった熱を振り払うように一度目を瞑ってから、榎木津の胸を押した。
「服、着ないと」
 益田が一人でいる事務所と扉一枚を挟んだだけで、この続きはできない。
 しかし、榎木津は
「どうして」
 そう言いながら、美由紀の首筋に指を這わせ、擽った。
「ぅんっ、ちょっ、どうしてって、益田さんが」
「いるねぇ」
「いるねぇじゃありません」
 ぐいぐいと手を突っ張って榎木津を押し返そうとするのだが、片腕で強く抱き込まれていて逃れようがない。その間に巧みな力加減で撫でられ口付けられる首筋に、擽ったいような快いような感覚が高まって、思わず声が漏れてしまう。
「ふふ、にゃんこみたい」
 実に能天気な感想に、美由紀はちょっとだけ腹が立った。何がにゃんこだ。
「だから、益田さんが外にいるのにっ」
「なんでこの僕が下僕なんかに遠慮しなきゃいけないんだ」
「私が遠慮するんですっ」
 すると、榎木津は腕の力を緩めた。美由紀と向き合い、蕩けた飴のような瞳でじっと美由紀を見つめる。
 唐突に、にいっと笑った。
「じゃあさ、二回戦だ」
 扉の向こうからは、絶えず物音が聞こえてくる。足音、家具を置き直しているのか、ごとんという大きな音、益田のぼやき声も、ほんの微かに聞こえていた。
 榎木津にはそんな雑音はまったく聞こえていないのかもしれない。よからぬ遊びを思いついたらしい恋人に、美由紀は思い切り眉を顰めた。
「鬼ごっこの続き」
 にこにこと笑いながら、榎木津は美由紀の裸の背中にすうっと指を滑らせた。不意打ちに加えられた刺激に、美由紀はんっと背を反らす。
「駄目だよないちゃあ」
「な、泣いてないです」
「そう。鬼に泣かされたら、負け」
 ね。
 榎木津はやけに潤んだ瞳を細めて、美由紀の唇に人差し指を押し当てた。
 美由紀は無言のまま、提案されたゲームのたちの悪さに驚愕していた。
 鬼は榎木津、それは変わらない。追いかけられていた美由紀はすでに鬼の手中だから、逃げることはない。ただ、鬼に苛められてはいけないのだ。
 鬼にいじめられて「なき声」をあげたら、負け。
「うん、これは面白そうだ」
 榎木津は無邪気な笑顔に似合わぬ低音で小さく笑うと、美由紀の腕をとってその真っ白な内側の皮膚にきつく吸い付いた。微かに走った痛みに腕を引くが、大きな手にしっかりと掴まれびくりともしない。
 しかし、美由紀はその刺激に甘んじているわけには行かなかった。
「ば、馬鹿なこと思いつかないでください!」
 榎木津はにやにやと笑っている。
「僕はあんなモノのためになんか間違っても我慢したくないし、君は遠慮するとは言ったけれど」
 厭ではないのだろう?
 美由紀は、二の句が告げない。
 榎木津の言い草に呆れ返っていたし、その言い草が特に間違っていないということ、つまり自分自身にもはっきりと呆れた。
「き・・・気付かれます!」
「声、我慢できないか」
 頭の奥まで浸透する低い声が、揶揄を憎らしげに含み、美由紀を挑発した。スカートの裾にするりと忍び込んだ手が、足の付け根を素早く這う。脚に隙間を作らせると、最奥の、最も柔らかな部分を指の腹で撫でた。美由紀が言い返したかった言葉は霧散し、幾度か榎木津の指が行き来する度に膝が震え、それが恥ずかしくて榎木津のシャツを握り込む。
「可愛いね、ほんと」
 熱っぽく掠れた低音を耳元で囁くだけで、愛撫と変わらない効果があった。榎木津はもちろん、わかっていてやっている。
 美由紀は心臓の鼓動と呼応するようにずくずくと疼く快感を、息を吐き出すことでやり過ごそうとした。頭の中で巻き起こっていた様々な、主にこの状況に対する不満は、やがて熱に溶かされた。
 言い換えれば、やけっぱち、である。
「ぜっ・・・たい」
 泣きませんから。
 美由紀は榎木津のタイの結び目に指を差し込み、ぐいと一気に解いた。
 榎木津はやけに真剣な目をして
「なかすよ」
 と低く呟くと、指を下着の中に滑り込ませた。
 微かに水音が聞こえた瞬間、美由紀は手の甲で口を塞いだ。
 
 捲れたスカートの裾から伸びる太股が慎み深くすり合わされる。その肌は、冬の夕暮れの暗い自然光と、ランプの暖色に照らし出され、無機的な艶を纏うと同時に有機的な筋肉のラインを浮かばせている。放り出された足首の片方には、くしゃりと丸まった下着が引っかかっていた。両の手首はそれぞれ捕らえられていて、己で隠しようのない上半身の肌を惜しみなく晒している。それでいて片方の手首にはブラウスも下着も引っかかり、如何にも中途半端だった。
 そういった景色を堪能しながら、柔らかさと、若さゆえの堅さを持った美由紀の身体を、榎木津はその気品ある唇で常になく執拗に愛していく。
 美由紀は油断すれば声を漏らしそうになる口を塞ごうと手を持ち上げようとするが、榎木津の大きな手にしっかりと掴まれているのを思い出し、仕方なく唇を噛む。声を飲み込み、ため息に変える。
 部屋は、美由紀の苦しげな吐息で満ちた。
 ちゅ、と音を立て、榎木津は美由紀の胸の頂から口を離した。
「苦しそうだねえ。まさに息も絶え絶え」
 完全に場違いな、明るい声である。そうかと思えば、
「ねえ美由紀君」
 今、君がどれくらい色っぽい格好をしているか、わかる?
 暗く艶めく声で囁かれ、美由紀ははっきりと目眩をもよおし目を瞑った。
 自分がどんな格好をさせられ、どんな風に苦しそうに喘いで、どうして覆い被さる恋人の声がこんなに低く掠れるのか、考えるだけでひどく切なく、どこか心細いような、満たされない気持ちになる。
「も、ぉ――や、です」
 意思表示のつもりで出した声は、自身の耳にも嬌声と変わりないものに聞こえた。
美由紀は実際、うんざりしていた。遊びか脅迫か判然としないこの「鬼ごっこ」、いつもと違う恋人の攻め方、いつもとどうにも違う自分、すべてが悪い冗談のようだ。そしてそれらバカバカしいものを、美由紀自身が、身体が、愉快に思っていることにうんざりしている。
ふいに片手の拘束が外れた。
「そりゃあ降参てことかい?」
 自由になった手を動かす間もなく、榎木津の指が下肢に下り、すでに同じ指で絶えず蜜を零すようになっていたところへ再び吸い込まれた。長い指が思惑を持って美由紀の中を行き来する度、泥のような粘性の快楽が身体を這いまわる。咽そうな快感は、やがて真っ白の霞になって、美由紀から思考と意識をほんの一瞬浚った。

 咄嗟に口を塞いだ手をまた奪われて、美由紀はただ繰り返さずにいられない激しい息遣いと、美由紀の爪先かあるいは榎木津がシーツを擦る音を聞いた。それぞれは小さな音のはずなのに、美由紀は気になって仕方なかった。
「気持ちよかった?」
 覆いかぶさる恋人の優しげな声と弧を描く唇が、美由紀にはかえって酷薄なものに見えた。問いかけには答えず、肩越しに灯りが作る大きな影を見る。
 部屋の中は、空気中に快楽が溶け込んだ非日常だった。扉の外には、ふわふわと希薄で、しかし侵しがたい日常があるというのに。
 甘く愉快な責め苦、そんな不思議なものが、ここにある。
 乾いた喉に僅かな唾を呑み込んで、美由紀は榎木津に喋りかけた。
「降参は、しないけど」
「…うん」
「不思議、ですね」
「うん」
「私、別に、泣かされたっていいんです」
「うん」
「捕まって食べられたって、文句は言いません」
「うん」
 恋人の頬を、美由紀はそっと撫でた。その手に、榎木津の濡れた手が重なる。
「殊勝なことを言う」
 美由紀はふうと息を吐くと、くすくすと笑った。榎木津の方こそ殊勝な顔をしているのが可笑しかった。
 榎木津は美由紀の手をとって、枕元で指を絡ませた。優しく、炎のようだった快楽を鎮めるように、口付けを与えた。
 口付けの合間に、また言葉を交わした。
「捕まえようとすれば逃げるくせに」
「追いかけてもらいたいからです」
「僕は、君を捕まえたりしないよ」
「そうですね」
「泣かせたくもない」
「はい」
「でも」
 逃げるんなら、追いかけないとね。
「殊勝なこと言いますね」
 美由紀から顔を離した榎木津は、穏やかな表情の中でやけにきらきらと光る瞳を美由紀に向けると、濡れた唇を拭いながら寝台から降りた。
 
 
 
 うんざりした気持ちをすべて叩き込むようにして、榎木津は扉を開けた。
「おいオロカ!」
 あまりにうんざりしていて、益田の呼び方がつまらなくなってしまったことにさらに不機嫌になる。歩きづらいのもズボンが当たって痛いのもうんざりだし、何より今美由紀以外のものを視界に入れることに酷くうんざりする。
 主の事情など知るはずのない益田は、自身の机で何やら書き物をしていたらしく、ペンを持ったまま固まっていた。
「な、何ですよ?ちょっ、と榎木津さん、シャツの釦くらいちゃんと閉めてくださいよ見苦しいなぁ。何か物音するなぁとは思っていたんですが、いたんなら何で鍵かけてたんです?ああそれよりそこのソファがひっくり返ってたんですけど、何かあったんですか?乱闘?」
 益田がぺらぺらと喋る間に榎木津はどんどん距離を詰め、ついには腰を屈めて益田を至近距離で睨みつけた。
「おいエクストラヴァージンバカオロカ」
「は?エク、ス?」
「処刑は明日まで猶予をやるから、とにかく今日は即刻帰れ。今帰れ。一秒で帰れ」
「しょけい?」
「こら一秒経ったぞ!」
 がっと榎木津が益田の椅子を蹴った時、わあという悲鳴と物が落ちるような音が、榎木津の部屋から聞こえた。
 益田は腰を浮かしかけた姿勢で一秒停止し、思考を高速回転させる。微かな物音がする以外えらく静かだった榎木津の自室、榎木津の必要以上に肌蹴たシャツ、突如帰れという命令、そして今の悲鳴には聞き覚えがあった。益田は、実に適確に事情を汲み取り、頭に血が上った瞬間には急降下させた。
 榎木津はふんとため息をつき、自室の開けっ放しの扉を振り返った。
「・・・にゃんこだよ」
 無表情を一ミリも崩さずに、下僕に向けて出口を指差す。
 哀れな下僕は帰りますと一言叫び、それから一秒で事務所を出て行った。
  
 榎木津が部屋に戻ると、寝台に美由紀がいない。おやと思っていると、
「何してるんですか!」
 下の方から美由紀の怒った声がして、扉の脇を見る。そこには、白いシーツを身体に巻きつけてしゃがむ美由紀がいた。思わず、ぷっと吹き出して笑う。
「何で落っこちるんだ!」
 美由紀は恥ずかしいのと悔しいのとで、笑い続けている榎木津を睨みつけた。
「だって!益田さんを、あんな風に追い出したらおかしいじゃないですか!扉も開けっ放しにするし!」
「ふふ、君が悲鳴をあげるまではわかってなかったよ」
 榎木津は部屋の扉を閉めると、ニヤニヤと笑いながら美由紀の正面にしゃがんだ。美由紀はがっくりと項垂れる。
「もう益田さんに合わす顔がない・・・」
「あんなものと面会する必要なんて生涯起こらないから安心したまえ」
 からかっているのか慰めているのかわからない口調で言いながら、榎木津は美由紀の頭を撫でた。
 すでに窓の外は夜の色に染まり、ベッドランプの灯りだけが無人の寝台を照らしている。放り出された美由紀の衣服や皺の寄ったベッドカバーが、卑猥にも寒々しくも見えた。
 榎木津は美由紀の肩を掴んで自分の胸にもたせかけると、そのまま一息に抱えあげた。
「そんな恰好してたら風邪を引くよ」
「誰がこんな恰好にしたんです」
「だから、僕があっためてあげようと言っているんじゃないか」
 美由紀を寝台に転がすと、身体を包んでいるシーツに手をかけた。
「和寅さんが帰ってきたらどうするんです?」
 美由紀が楽しげに笑った。裸の腕が寒くて、榎木津の首に巻きつける。
 榎木津は華奢な腕に引き寄せられるまま美由紀と額を合わせて、三回戦かな、と言った。
 美由紀は、
「うんざりです」
 笑い声でそう言うと、がぶっと榎木津の唇に噛り付いた。
 ――ほら猫みたい。
 榎木津はやり返しながら、自分のシャツの釦を外した。

 終

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