忍者ブログ
京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
| Admin | Write | Comment |
カレンダー
08 2024/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
最新CM
[07/17 ミエ原]
[09/30 SHIRo]
[09/23 まりも]
[07/18 まりも(marimo65)]
[06/15 まりも(marimo65)]
プロフィール
HN:
行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
バーコード
ブログ内検索
P R
カウンター
アクセス解析
フリーエリア
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

★探偵×女学生 

益田ビジュアル化記念掌編という位置づけ。
※若干のオリキャラがいます。

「益田くん、それ何の曲なの?」
 彼女は茶を入れる手を休めず、僕を振り返ることもしないで尋ねた。
「え?」
 職場から持ち帰ってきた報告書を書く手を止めて、彼女の背中に目をやる。
 何の曲。
 彼女の言葉を反芻して初めて、自分が今まで鼻歌を歌っていたことに気付いた。
 しかも、その曲というのは。
「あ、これは・・・いや僕もよく知らないんだよね」
 と、なんとも胡乱なことを言って、彼女の背中に向けて笑った。
 彼女は沸騰した薬缶を片手に振り返り、セルロイドの少女人形のような大きな瞳で僕を見る。
「今日、三回はその曲聴いてる気がする」
 その台詞に、僕は素直に驚いた。
 驚くが、しかしよくよく思い出してみれば、確かにそうだったかもしれない。
「耳についてるんだね」
 ふふ、と彼女が笑う。
 襤褸アパートのほの暗い電灯よりずっと、その笑顔は明るいと思う。
 彼女を見詰めているうちに、旋律の最初の音符が、僕の口から零れた。
 今度はすぐに自覚して、慌てて口を閉める。
 彼女は耳聡く聞きつけたのだろう、あはは、と明快な笑い声を上げた。
 少しだけ恥ずかしくてなって何か言い返そうかとも思ったけれど、特に言葉も見つからない。
 だって、仕方ない。特に今日なんかは報告書を書いたり依頼人に会ったりして一日中事務所にいたし、あの人はずっと事務所の中でだらだらとしていた。耳は閉じていられないから、耳栓でもしていないと否応もなく入ってくる。
 静かな事務所の空気をほんのわずか揺らす、柔らかな一筋の旋律が。


 音程がやけにしっかりとしている。メロディが単調で耳に残る。ワンフレーズを繰り返す。
 そしてそれをかれこれ一週間ほど、毎日のように聴かされていれば、犬だって吹けるようになるかもしれない。
 どの楽器にも似ない、体温を持った音。
「先生、一体何の曲なんです?その口笛」
 和寅が、探偵机に茶を置きながら尋ねるのが聞こえた。
 僕は依頼人から預かった資料を眺めながら、窓際から聞こえる会話に意識を移す。
 口笛の旋律が、唐突に途切れた。
「え?」
 探偵閣下の返答はいやに腑抜けている。
「その口笛ですよ。ここ最近ずぅっとその曲じゃぁないですか。私ぁ耳について離れませんよ」
 なんだ和寅もそうだったのか。考えてみれば、和寅は朝から晩まで探偵と過ごしているのだから当然だろう。
「ああ?そうだったか?」
「ラジオですかぃ」
「さあ」
「さあって」
「知らないもん」
 まるで子供の受け答えだ。
 僕も少し気になって、資料から顔を上げて窓際を見る。
 探偵閣下は彼の定位置である大きな机に退屈そうに頬杖をつきながら、ずずっと音を立てて珈琲を啜っている。どうやらもう和寅の質問には答える気がないらしい。
 出所もわからぬ旋律を、ここ数日延々と奏でていたのか。
 僕は捻っていた首を戻して、再び資料に目を落とす。
 やけに、耳に残っているのだ。
 無音になった事務所に、口笛の旋律が僕の頭の中で再生されている。
 節のつき方は童謡のようであり浪曲のようであり、メロディは歌謡曲のようにはっきりとしている。
 ゆらゆらと上下する音程。楽しげに始まり、寂しげに終わる。
 クラシックではない。洋楽だろうか。いや。
 歌、だな。
 それだけはわかった。

 上司の口笛は、次の日もその次の日も、僕の耳に届いた。

 開け放たれた窓から冷たい風が吹いて、カーテンがぶわりと膨らむ。
 彼は栗色の髪を風に当てながら、窓枠に肘をついて、退屈そうに外を見ている。
 その景色が俳優のブロマイドではないことの証拠に、やがて、一筋の旋律が風に乗って聴こえてくる。
 随分お気に入りなんですねぇその曲。
 なんだか元気ないじゃぁないですか不気味だなぁ。
 どうしたんですよぼんやりしちゃって。
 日頃すらすらと出てくる調子のいいばかりの台詞は、口から出る前に頭からかき消えてしまう。
 厭だな。何だか、調子が狂う。
 職場ではあまり聴きたくない種類の音色だと、今更ながらに思った。   


 その週は依頼が重なり、僕は日曜も事務所に出ていた。
 さっさと仕事をして早く上がろう。
 事務所の扉を開けた時には、そう心に決めていた。
 報告書や請求書の作成などの雑務が終わった頃には、正午をとっくにまわっていた。我が社長の自室からは物音ひとつ聞こえてこない。昨夜は遅くまで飲み歩いていたと和寅が言っていたから、たぶんまだ寝ているのだろう。
 和寅は閣下が目覚めたらテーブルの上の食事を食べさせてと言付けを残し、買い物に出てしまった。
 本当はもう帰ってしまいたかったのだけれど、昼食もご馳走になっていたし、留守番役くらいは仕方ない。
 応接ソファのふかふかとした背もたれに身体を預けて、ぐっと背骨を伸ばした。大きく息を吐く。
 今日は、早く帰れる。
 静かな事務所内に、一筋の旋律が流れた。口笛ではない。僕の声だ。
 しかしその弱々しい鼻歌は、事務所の扉に備え付けられた鐘のカランという甲高い金属音で遮られた。
 背もたれに乗せていた頭を慌てて起こす。
「こんにちは」
 その声の主を確認した途端に僕の顔は自然と弛緩した。立ち上がり扉へ向かう。
「やあ美由紀ちゃん」
 扉の前には、茶色のジャケットに臙脂のスカートを合わせた、私服姿の呉美由紀が佇んでいた。服装のせいだろうか。随分と大人びて見える。
「何だか久しぶりだね。一ヵ月振りくらい?」
 そう言うと、美由紀は肩まで伸びた髪をさらりと揺らして微笑んだ。
「そんなことないですよ。せいぜい二週間振りくらいです」
 はてそうだったか。
「このところ益田さん土日は出ていなかったでしょう?私とはすれ違っていたんですね」
 確かに、このところはできるだけ週末は出勤しないようにしていたのだ。
 僕は詮索されないように曖昧に笑って見せてから、話を変えた。
「で、美由紀ちゃん、今日はどうしたの? あ、もしかして榎木津さんと何か約束していたのかな?」
 そうなら、探偵閣下は未だ就寝中である。ひやりとしていると、美由紀ははっきりと首を横に振った。
「違います違います。今日は約束なんてしていなくて。実はですね。これ、なんですが」
 美由紀は彼女らしからぬおずおずといった仕草で、手に持っていた小ぶりの巾着袋を僕に差し出した。
 桃色の布地に白い紐が通してある、何とも少女らしいが極普通の巾着である。両手で包み込むように受け取ると、軽い乾いた感触があった。
 もしかしてこれは。
「迷ったんですけれど、でも、益田さんと和寅さんに食べていただければいいかなあ、と」
 美由紀はそう言いながらも、まだ逡巡しているのが顔に出ている。
 中身の見当はついていたけれど、僕はその場で紐を解いた。巾着の口が開いた瞬間に、甘い香りが広がる。
「クッキー、ね」
「学校の調理実習で大量にできてしまって。同室の子とも分けたんですが、それでも消化し切れなくて、ですね」
 探偵の嗜好をここ数年の付き合いでよくわかっている美由紀は、やたらと後ろめたそうにそう説明した。
「あの、今日は探偵さんは?」
 その質問に、思わず苦笑いになる。
「ああ、閣下の朝はまだ来ていないらしいよ」
 そうですか、と返した美由紀の顔は、ほっとしたようにも、酷く残念そうにも見えた。
 
「探偵さんが寝ていてよかった」
 大皿にクッキーをあけていた美由紀が言った。僕は何ともこそばゆい気持ちになって、適当な調子のよい返事をした。
 茶を入れるから座って待っていてと言ったのだが、彼女は率先して手伝いをしてくれた。よく和寅の手伝いをしているせいか、皿の置き場所などは僕よりもわかっているようだった。
「和寅さんと、急いで食べちゃってくださいね」
 彼女の言うことに反論も異存もない。でも、彼女はたぶん、意識しているのかどうかは別として、嘘をついている。元刑事で現探偵助手でなくたって、それはわかる。だからというわけではないけれど、僕は思ったことを口にした。
「美由紀ちゃんが持ってきたクッキーなら、食べちゃいそうだけどなぁ。あのオジさん」
 たぶん、食べるだろう。美味しいと評価するかは別として、とりあえず口には入れる気がする。
 カタカタと薬缶が音を立てたので、火を止めた。
「どうでしょうね」
 薬缶を持って振り返ると、美由紀は黙々と調理台にカップを並べていた。目を伏せて微笑む彼女の横顔に、ほんの一瞬、あの子が重なった。

 それが耳に届いたのは、両手に紅茶の入ったカップを持って台所を出た時だった。
 細い、消え入りそうな、幾小節。
 応接スペースから漂うクッキーの甘い匂いと一緒になって、室内を流れている。
 例の口笛の旋律が、美由紀の小さな唇から零れていた。
「美由紀ちゃんも移っちゃったの?榎木津さんの口笛」
 先週末も遊びに来ていたと聞いたし、その時に耳に残ったのだろうか。
 美由紀はカップを受け取りながら、吃驚した猫のような顔をして僕を見上げた。
「口笛?探偵さんの?」
「今の、美由紀ちゃんの鼻歌」
 そう示唆して初めて美由紀は気付いたようにあっと口を開けた。
「歌って、ましたね、今。ちょっと前にラジオで聴いた曲なんですけど、それからずっと耳について離れないんです。気付くと歌ってるみたいで」
 そう言って、彼女は恥ずかしそうに笑った。それから屈託なく、探偵さんの口笛って何です、と聞いてくる。
 僕は、彼女の発言に、何だか打ちのめされてしまった。
 そうか。そうなのか。
 己の胸中を表情に出さないように細心の注意を払い、頭の中でよくよく言葉を選び、結局、何でもない、というような意味の言葉しか言えなかった。
 そうか。あの人の口笛は。
 この曲は。
 美由紀が向ける訝しげな視線を誤魔化すために、僕は黄金色の焼き目のついたクッキーをひとつ口に運んだ。ちょっと笑いたくなるほどに、甘くて美味しいクッキーだった。

 
 あれからすぐに和寅が買い物から戻ってきたので、僕は紅茶を飲み終えると事務所を後にした。
 帰宅の道すがら、僕は口笛を吹いてみようかと口を窄ませてみたが、出る音は隙間風が立てるような気の抜けたもので、どうにも笛と呼べる音は出せなかった。
 仕方なく慣れた鼻歌を唄いながら、やっぱり仕事中に聴くようなものではないと思った。仕事を終えた夜だとか、日曜の昼間だとか、そういう時にはこんなにもぴったりなのだが。

 ちょっとだけ気になっていることは、二つ。
 彼女は、あの人に会えただろうか。
 あの人は、彼女が作ったクッキーを食べたのだろうか。

 本日二杯目の紅茶を待つ今も、そんなことをぼんやりと考えている。
 気付けば、頭の中に旋律が溢れていた。
 声を出さずに、再生する。
 まるでそれと被せるように、台所からふんふんというやけに陽気ではっきりとしたハミングが聴こえてきた。
 吃驚して台所を振り返る。
「君まで歌ってるの?」
「ええ?」
 突然声を出した僕に、彼女は不思議そうな顔で振り向いた。
「何を?」
「今の鼻歌」
「ああ」
 あははという、彼女の笑い声はどこまでも明るい。
「益田くんのが移っちゃった」
 そう言った彼女は、少し照れて困っているような笑い方をしていた。
 その顔が、何だか、最高に可愛いと思ってしまった。
「ますます耳から離れなくなるなぁ」
 まあ、全然いいんだけど。
 何の曲だかわかった今、僕はいつまでだってこの曲を口ずさんでいたいくらいだ。

拍手

PR
この記事にコメントする
NAME:
TITLE:
MAIL:
URL:
COMMENT:
PASS: Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
≪ Back  │HOME│  Next ≫

[59] [58] [57] [56] [55] [54] [53] [52] [51] [48] [30]

Copyright c バラの葉ひらひら。。All Rights Reserved.
Powered by NinjaBlog / Material By Mako's / Template by カキゴオリ☆
忍者ブログ [PR]