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京極堂シリーズの二次小説(NL)を格納するブログです。
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HN:
行葉(yukiha)
性別:
女性
自己紹介:
はじめまして。よろしくどうぞ。

好きなもの:
谷崎、漱石、榎木津探偵とその助手、るろ剣、onepiece、POMERA、ラーメンズ、江戸サブカル、宗教学、日本酒、馬、猫、ペンギン、エレクトロニカぽいの、スピッツ。aph。
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みゆえの話③だよ。
注)性別逆転しています。

 身動きが取れなくなって、呼吸をしているのかしていないのかさえも判然としない。
 くそ。
 僕らしくない。
 僕はもう二度と、「あの時」のようにはまりたくないのだ。
 怪しきもの疑わしきものにはとことん疑問を持ちたいし、できれば解き明かしたい。冷静な思考で状況を把握して、確実に必要な行動を見極め実行する。信じる世界が壊れても、立て直す方法はあるってことを僕は経験から心に刻みつけている。そうだというのに。
 僕がここ最近、呼吸を止められそうになっている問題は、集約すればたったひとつだ。

 二十も年上の絶世の美女に、恋愛経験の乏しい男子学生が恋をした場合、二人はどうなると予測されるだろう。

 その問いに、僕ができるだけ客観的に出した答えに、僕はいつだって胸を潰され、息の根をゆっくりと止められているような感覚を抱え続けた。真綿なんてものではない。ピアノ線か何かで、ゆっくりと。

 ああ。
 くそ。

 神様。これは惰性の祈りであり、ただの呟きだ。しかし、もしかしたら僕ができるもっとも真摯な祈り方なのかもしれない。

「どうしようかな」

 彼女の楽しげな逡巡の声は、まるで終末を告げる天使の喇叭。
 何を考える必要があるというの。
 何を迷う余地があるの。
 何を。何で。どうして僕の手が届かない所で、あなたはいつも立っているの。
 後手、そして今もまた僕は後手で、いつも想う人が先にいて、僕は彼女の位置を確認する。それから見事に不完全で無差別の罠にはまるのだ。
 けれど、
 僕をはめるのはいつだって僕自身でもある。
 
 熱にやられた瞬間のように、思考が凪ぐ感覚があった。指の先まで血が巡って、エンジンが燃えて、体が軽くなる。
 僕が馬鹿だったし、彼女だって、馬鹿だ。

「ちょっと、来て」

 初めて、自分から握りしめた探偵の腕は、僕の指が余るほどに細くて、強く引っぱったことを後悔した。

 和寅が台所に、益田は仕事机に居たことを忘れていたわけではない。僕の突飛な行動は、二人を大層困惑させるだろう。
 何せ、
 天下無敵の薔薇十字探偵を、一介の男子学生が彼女の自室に引きずり込んだのだから。
 僕に腕をとられた探偵は、鼈甲飴のような色味の瞳を落っことしそうなほどに丸く開いて驚いていたが、強く抵抗することはなかった。彼女の助手は、何事かとこちらを見ていたようだったが、口を挟む隙などはなかったはずだ。
 とにかく、がっと腕をとって、ずんずん歩いて、探偵の自室の扉をばんっと開けて、探偵から先に部屋に入れた。
 後ろ手に扉を閉める。
 僕はつまり今、女性の部屋に無断で侵入してしまった上に、未婚の女性を何の了承もなく密室に引っ張り込んでしまっている。
 閉めた扉に寄りかかって、自分がやっていることに今更驚きながら、探偵を見た。
 心臓が、ばくんばくんと、まるで口の中で脈を打っているみたいだ。
 目が合うのを待っていたように、彼女は言った。
「・・・何なの。引っ張らなくても自分で歩けた」
 憮然とした冷たい表情は、かえって彼女の顔立ちの精巧さを際だたせていた。一瞬怖じ気付きそうになるが、だめだ。
 ここで怯んだらもう何も、この恋の為にできることがなくなってしまう。
「痛かったですか?」
 ぎりぎりに絞られた理性がそう言った。探偵は表情を変えないまま、手首を撫でるように触れた。
「少しね」
「・・・ごめんなさい」
 何せ、勢いだったのだ。血がたぎるままに、手を取ってしまった。
 探偵の部屋に入ったことは初めてではない。服を選ばされたり昼寝をするから内輪で扇げとねだられたり、とにかく探偵の方から呼ばれて、僕は幾度かこの部屋に入ったことがある。
 足元には相変わらず、無数の衣服、靴、装飾品に、子供用の玩具まで転がっていた。広い部屋の窓際には大きな寝台が幅を占めていて、その皺ひとつない白いシーツだけが張り付けたように浮いて見えた。淡い陽光に、白い埃がきらきらと舞っている。
 規則性も統一性もないのに、やけに美しい部屋だった。まるでこの部屋の主と同じだ。
「吃驚したなぁ、入りたいならそう言えばいいじゃない」
 眉をきりりとつり上げている様子を見ると、少し怒っているのかもしれない。本当に気に食わなければこちらが無傷でいられたはずがないから、多めに見てくれているようだが。
 探偵の言うことは間違いではない。言えばきっと部屋に入れてくれる。探偵は僕に対してやけに無防備なのだ。そしてそれは、僕にとっては決して喜ばしいことではない。
「そんな風にしないでください」
「え?」
「僕を簡単に部屋にあげたりしないで下さい」
「どうして」
 探偵はさっぱりわからないという風に首を傾げた。それはそうだ。僕だって、心と言葉が嘘をつき合って、本音と建て前の境目が曖昧になってしまっている。頭を撫でる手が好きだ。でも、簡単に触れて欲しくない。抱きつかれた時の体温が恋しいけれど、僕から抱き返してはいけないから、いっそ離れていて欲しい。気を使わないで欲しい、気安く接して欲しい、それなのに、空気みたいな存在ではいやなのだ。不器用で、いやになる。
 つまり僕は、この人の特別でいたいのだ。
「あなたは、僕を、何だと思っているんですか?」
 下手なことを言ったと思った。
 目頭の近くがじりじりと熱く、喉はがらがらに乾いている。
 探偵は何も答えずにすうっと目を細めると、はあとため息だけついて寝台に腰掛けた。その姿がやけにしどけない。
 飴色の瞳が鋭く僕を睨む。 
「何だと思っているかだって?可愛い男子学生でしょう君は。サル目ヒト科ヒト属のオス!何か不服なの?」
 不服だ。
 僕は、探偵に向かって一歩踏み出した。
「不服なんです」
 頭に、青い炎が駆け上がるように、血が上った。
 口説き文句のひとつも思いつきゃしない。言えそうなことと言えば、子供っぽい感情描写だ。だから、口よりも脚が動く。
 床に敷き詰められた色とりどりのモザイクを、蹴飛ばして踏みしめて、寝台に腰掛ける探偵に近づく。正面で、跪いた。
 今の今まで、僕の感情については黙っていようと思っていた。言ってしまえば、二人の平和な日常は終わってしまうし、そもそも口にしたところで、僕が望むようになるとは思えなかった。
 僕自身、探偵とどうなりたいのかも、よくわからないのだ。未熟だ。恋愛なんてまだ呼べない。僕の中で沸き起こって勝手にぐつぐつ煮えたぎっているだけだ。
 こんな身勝手な感情、どこにもぶつけるべきじゃない。
 
 彼女は光差す窓を背に、睫の影を濃くして僕を見据えた。
 その目は、慈愛も、侮蔑も浮かばず、ただ真っ直ぐ。
 見つめているだけで、吸い込まれてしまいそう。

「気安く結婚の話をしないでください。聞きたくない」
「――さっきから、何を言っているのかわからない。部屋にこもって何をするやらと思えば、説教?君は坊主でも本屋でもないよ」
「そんなんじゃない」
 彼女は僕のまどろっこしさに呆れている。彼女は誰より先に答えを手にする探偵なのだ。手順、文脈、順番、それらすべてが彼女にとって面倒な回り道なのだろう。
「そんなことではなくて」
 いつもやたら快活な探偵らしからぬ、静かな空気や表情に心も言葉も奪われかける。いや、心は奪われっぱなしなのだ。とっくに。
 僕は、無造作に寝台に置かれていた探偵の手を掬いとった。思考は少しも冷静ではない。探偵の掌は信じられないくらいに柔らかく、僕はそれが崩れ落ちてしまわないように、両手で包み込まなければいけなかった。
 真っ直ぐに見上げた先で、探偵は果実のような唇をわずかに開いて僕を見ていた。

 言うべきじゃない。
 口にしても仕方ないじゃないか。
 今の友好的な関係が、壊れてしまうだけだ。

「好きなんです」

 絶望しながら、僕は言った。

「友愛ではありません。敬愛でも親愛でもない」

 口にする度に絶望が深まって視界が乱れ、探偵がどんな表情をしているのかよく見えない。僕は彼女を見ているのを諦めて目を瞑り、握りしめていた彼女の手に額を当てた。

「生まれて初めて恋をしました」

 口に出した想いは、今まで心の中でこの想いを語ったどの言葉とも違っていた。もしも伝えることがあるのなら、もっと想いが伝わるような気の利いた言葉を用意し推敲することが必要だと思っていたのに。
 言えるのはただそのまんまだ。

「好きです」

「他の男と結婚なんて、僕は許せない」

「わがままを言って、すみません」

 僕の手は不自然なほどに冷えていて、彼女の手はその分だけ熱い。
 
「そういうことか」

 信じられないくらいに大人しくしてくれている探偵はやはり身動きせずに呟いた。
「やっぱり、そうなんだ」
 しみじみと実感するように、探偵はぽつぽつと呟いている。僕は居たたまれないのだが、すべてを探偵に委ねてひざまづいたままでいた。
「顔を上げなさい」
 言われるまま見上げた。
 柔らかそうな髪が頬の輪郭を覆うその奥に、僕を見据える強い目がある。ピエタのマリアの伏せた瞳は、案外これくらい厳かなのかもしれない。
 見とれている隙に、探偵は僕が掴んでいた手を引っ込めてしまった。
「あ」
「ふふっ」
 大きな目をくしゃっと瞑って、探偵は笑った。
 次に起きたことは、本当に一瞬の間だった。
 探偵の両手が僕の両脇に入って、女性と思えない力で引き寄せられると、そのまま背中に両腕を回され、
「ちょっ、ぅおわぁ!?」
 探偵は僕に抱きついたまま、勢いをつけて後ろに倒れ、僕は当然、前のめりに倒れ込んだ。乗り上げたそこは、彼女の白い寝台である。
 シーツに手を突いて探偵を押しつぶすのは避けたけれど、僕の体は探偵と密着していて、目の前には、陶器のような頬や、僕を興味深そうに見上げる鳶色の丸い瞳がある。
 なんてことをするんだ、この人。
「案外重いね」
「あ、当たり前、でしょう」
 彼女の腕はまだ僕の背中にある。腰骨や脚の感触は僕の下にある。
 なんで、こんな。
 この状況は、非常に、まずい。
 本当にまずい。首の後ろや背中が急激に熱を持って汗を滲ませるのがわかる。
「なっ、何すんですか!」
 僕はぐっと腕に弾みをつけて起きあがろうとしたが、逆方向に探偵の腕がしまって、
「なっ、わあっ」
 僕は頭の中はもちろん腕の筋肉さえも動揺しきっていて、情けなくもあっけなく陥落した。
 細い腕が僕の背中をぎゅうぎゅうと締め付けている。身じろげば、僕の頬を彼女の細い髪が擽る。そこは花のような、焼き菓子のような匂いがした。僕の胸が押しつぶしている彼女の体は、僕を締め付ける力と対照的に華奢だった。
 僕の体重で折れちゃいそうじゃないか。
「お、重いでしょう!?」
 起きあがろうとするが、探偵は楽しそうに笑うばかりで、僕を離そうとしない。
「うん重い。見た目より大きいんだねぇ」
「当たり前です」
「前は私よりも小さかったよ」
「成長期ですから」
「まだ大きくなるの?」
「さあ。たぶん、もうちょっと」
 そっかぁ、探偵はそう呟いて、僕の背中を撫でた。
 体中を包み込む、夢のような暖かさや感触に、僕は本気で泣きたくなった。驚きで生理的に出る涙なのか、感動ゆえの涙なのか、もうなんだかよくわからない。
 よくわからない。
「なんでこんなことするんです」
「ええ?」
「好きだっつったじゃないですか」
「うん」
「こんな風にされたら僕は」
「どうしたい?」
「え?」
 彼女の声を体中で、音で振動で、聴いている。こんなに近くに、恋しい人の体がある。どうしたいかなんて質問は愚問だ。
 僕は顔だけ上げて探偵を見た。
 にやにや笑って僕をからかっているはずの探偵は、僕の予想を大きくはずれて、
「私はこうしたかったの」
 きらきらと輝く瑞々しい瞳はとても真摯だった。
 彼女の背とシーツの隙間に腕をねじ込んで思い切り抱きしめると、耳元で、彼女の吐息が聞えた。


(続 次回ラスト)

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